花柵わわわの二ノ国箱庭

主に二ノ国の二次創作をやっております。たまに別ジャンル・オリキャラあり。動物も好き。 Twitter始めました→https://mobile.twitter.com/funnydimension

【二ノ国小説】part9「詐欺師の抱いた真意」 【※グロ注意】

皆さんこんばんちは( *・ω・)ノ

大変長らくお待たせしました…本当に申し訳ありませんが、ようやく小説再開です!
待ってた方がいらっしゃるか不明ですが…。
色々ありすぎて(筆者の怠惰が主な要因)こんなに月日が経ちましたが、失踪せず頑張りました!褒めなくても結構です!
しばらくぶりなため、前回と比べ劣化がひどいと個人的に思ったり。
それでもよろしい方はごゆっくりなさって下され( ゚∀゚)
お詫びも兼ね、今回はかなり長め。
ぶっちゃけもっと上手く削れたよね

真夜中にナシウスが見つけ出した、3ヶ所の怪しい地点。
そこに仲間達が居ると踏んだ一行は、その内の一つ、“ナーケルナット遺跡”を訪れる。
感覚反転、暴走するセバなどに苦戦しつつ、そこからマルを救い出した。
彼女を仲間に加え、残る地点へと向かうが…。

では今回も…ゆっくりしていってね
───────────────────────

二ノ国 magical another world

天地照光~金煌なる光の鳳凰





~某所上空~

「いやぁ、“飛竜”ってヤツに乗ったのは初めてだよ。
自分で飛ぶのとはまた違う感覚だ…」

新鮮な風を受け、爽快感に浸るナシウス。
ナーケルナット遺跡を出てから、一行は“飛竜”クロに乗り、次の目的地を目指す。
巨大な翼を広げ、力強く羽ばたいているこのクロは、オリバー達が魔石捜索をする最中に出会った。
本来の飼い主は“空賊王”ヘブルチだが、オリバー達に懐いてしまったので譲り受けた。

「せやろ~?
“テレポート”で行くんとはえらいちゃうで」
シズクが上機嫌の声色を発する。

一度訪れた地点に瞬間移動できる魔法“テレポート”。
これを使わず、クロでの移動に変えたのも訳があった。
異常が無ければ、“テレポート”で一向に構わない。
移動時間を省けるので、そちらの方が効率は良いのだ。

…が、先刻の遺跡を含む3ヶ所は、今や感覚異常を起こす術にかけられた。
この術だけは、未だに解く手段が不明だ。
ナシウスが言うように、術者を止める他ないのだろう。
だから遺跡を出る時も、緊急脱出用魔法“エスケープ”を使った。
遺跡などの閉鎖的空間から瞬時に脱出できるが、移動先は強制的にその付近とされる。
勿論、ソロンや兵士達も一緒。
因みに、彼らはそれぞれの故郷に戻った。
あまりにも無理をしており、これ以上動くのは危険と判断したのだ。

そして、“テレポート”で各所に行けば感覚異常も急なものとなる。
急激な変化は心身共に悪影響を与えるもの。
遺跡へ行った時も、突然の異常で吐き気や目眩がした。
なので、自分達の足で踏み入れば負担も少ないと判断し、クロに乗っての移動を選んだ。

現状はこんな所だが、肝心の次に向かう地点は…。





~ゴーストの谷・入り口前~

「おっしゃ着いたぁ~……しっかし、相変わらず気味わりぃトコやな…。
背筋ブルッてなんねん…」
「それに、油断してるとすぐ崖だ。
これで感覚異常があるなら…遺跡以上に危険で厄介さ」

一行は大陸を越え、レカ大陸の“ゴーストの谷”へ訪れる。
ボーグ帝国北西にあるこの谷の奥に、かつて伝説の杖“グラディオン”が封じられていた。
オリバー達が初めて此処を訪れたのは、シャザールに“時間旅行”で飛ばされた過去でのこと。
現在、“グラディオン”はジャボーに破壊されている。
そのため彼は、一生に一度きり時を越えられる魔法“時間旅行”をオリバー達にかけた。
自分がそれを使い、彼らが過去の“グラディオン”を持って“時間旅行”を使えば、この杖を現代に持ち帰れると図ったのだ。

だが、時を経てもおぞましい空気は不変。
“ゴーストの谷”という呼び名の通り、此処は霊魂で溢れ帰っている。
これ抜きにしても、暗く崖の多い危険地帯だ。

「じゃあ、行こう…」
おそるおそる、オリバーは“見えない境界線”を踏み越える。
「うわっ!……やっぱり慣れないよ…」
当然、感覚異常が彼を襲った。
そこで、心中にある心配事が浮かぶ。
「…あのさ、マル…君は初めてなんだよね」
言いながら、境界外に立つマルの方へ振り向く。
彼女は初めて感覚異常を味わうこととなるのだ。
故に、あまり無理はさせられないと思った。
「もし気分が悪くなったら、遠慮なく言って―――」

「大丈夫だよ、こんなのどうってことないって!」

そんな心情に反し、躊躇なく境界内へ踏み込むマル。
「きゃっ!?……あ~…ちょっとびっくりしたかな」
無論、彼女も感覚異常を引き起こす。
「で、でも大丈夫!慣れれば平気だよきっと。
早く行こ、きっと誰か待ってるよね!」
それでも、豊かな表情と明るい思考は絶やさない。
身体の不調を覆い隠す、というより無理にでも払拭している印象を受けた。
それに促されてだろうか、進む一歩一歩が軽い。
「…そうだね、もう猶予は無いから」
ナシウスの一言で、彼女を除く一行も歩き出す。
歩きつつ、彼はふと思った。

長旅…ましてや世界を回る危険な旅には、こういった思い切りが重要なのだろう。

旅慣れしていない彼は、マルから旅の心得を一つ学んだらしい。
そして、オリバーに劣らぬ“勇気”を持った少女を内心讃えた。



「ガハハハハハハッ!!
なかなかに厄介な術だが、“コイツ”さえありゃビビるこたぁねぇ!
見ろよ前ら、あっちゅー間に奥だぜ!?」

豪快な笑い声が、谷の奥から全体へ響き渡る。
その音源は…見るからに豪傑な、筋骨隆々とした男性。
蛇を模した兜を被り、悪人面に古傷が刻まれている。
この男こそ“空賊王”ヘブルチだ。
表向きは粗暴な賊だが、本来は亡国ヘイブンの遊撃部隊長であり……“四賢者”最高の力を秘めた“空の女王”サザラの家来。

そんな彼は部下を引き連れ、ボーグ帝国軍の兵士達と合同で行方不明者捜索に乗り出した。
正反対に等しい気質上、双方不仲だが目的が一致すれば互いへの協力を惜しまない。
両勢力は聖灰の件でも手を組み、オリバー達の援護に励んだ。
この件あってか、不仲と言え現在は軽度になっている。

「流石でっせお頭ぁ!
コイツが魔法天下に逆らう俺らの流儀よ!」
「驚いた……。
誰一人犠牲者を出さず、只の“道具”一つでここまで…」
彼の後ろでは、誇らしげな部下達と心底驚く兵士達が集う。
「ったりめぇよォ!!
チンケな罠にいちいち突っ掛かったら、世界なんざ回れちゃいねぇぜ」
自信に溢れた笑顔で彼らの方へ振り返る。

「……ぁん?」

眉を潜めるヘブルチ。
自分達より後方で、いくつか人影が揺れるのを見たのだ。
それらは徐々に大きくなり、同時に鮮明となる。
「アレは…小僧共じゃねぇか!?」
彼らが顔見知りだと判断するのに、そう時間はかからない。

「ヘ、ヘブルチさん…!?
空賊の人達にボーグの兵士さん達も…」
それらは、やっとのこと此所まで辿り着いたオリバー達であった。
ヘブルチらの元へ駆け寄り、第一の問いかけをする。
「ヘブルチさん達も皆を捜しに来たの!?」
「おうよ…その様子じゃ、お前らもお仲間捜しの旅してんだろ?」
「うんっ!」
少年のオリバーとも親しく話すヘブルチ。
相手の年齢や性別に関わらず、一様に接する性格のようだ。
彼の場合、それが恐怖感を与える要因ともなり得るが…。
「おっ、珍しい奴が居たモンだ…。
確かお前、胡散臭ぇ魔導士……のパチモンだな?」
唐突に丸くした目を、ナシウスに向ける。
「…胡散臭くないし、パチモンでもないっ!」
不服げに頬を膨らますナシウス。
「ガハハッ…わりぃわりぃ、ジョークだ」
ヘブルチは、それを笑い飛ばし謝った。

空飛ぶ者同士、彼らは良く接触する。
自然と交流も増えていき、こんな軽口を叩き合う仲になった。
ナシウスがよく顔を合わせるのは、不定の場所を放浪する者達で、その手の者と親しくなることが多い。

「それにしても…魔法とか使わないで、よくここまで行けたね」
マルが疑問混じりに言った。
「ガハハハ……なんと、“コイツ”さえありゃ魔法も何も要らねぇのさ」
笑いつつ、手元の“道具”を高々と見せつけるヘブルチ。
そこに収まっていた物は…。

「えっ…方位磁石!?」

マルの目が大きく見開かれる。
こんな道具だけで、本当に感覚異常を抱え険しい谷を越えたのか。
オリバー達の脳裏に浮かぶ疑問は一致した。
「なぁに、至極単純な話よ……狂っちまったのは俺らの“感覚”だろ?」
表情からそれを見透かしたか、ヘブルチが誇らしげに説明を始める。
「つまりよぉ…此処の方角がひっくり返った訳でも、地形が変わった訳でもねぇのさ。
だからコイツは正しく方角を示してた……異常で苦しむ俺達を、変わらず導いてくれたのよ」
話しつつ、方位磁石に真っ直ぐ落ちる視線。
豪快な乱暴者には珍しい、複雑な感情に満ちたそれから慈愛のようなものが感じられた。
彼につられ、オリバー達の視線も思わず方位磁石に殺到。
黄ばんだ文字盤を包む金属は、元の銀色がくすみ赤錆を帯びており…相当年期が入っていると一目で分かる。

おそらく、この方位磁石は長年ヘブルチの旅に同行し、同じ時を歩んできたのだろう。
ならば、彼にとって思い入れの深い代物に違いない。

魔法を使えぬからこそ、“道具”で限界を補い進んでいく。
ヘブルチが言うように至極単純な話だが、“道具”に頼らず“魔法”に頼る者達には盲点となり得るだろう。



「…そんでよ、ついでにこんなブツを拾ってきた」
おもむろに、ベルトへ装着した革製鞄をまさぐる彼。
大きい物を強引に詰め込んだか、歪に膨れて破裂しそうだ。
「チッ…あぁ、クソッタレ…」
当然取り出すのもひと苦労。
詰め込んだ本人が苛立ちを露にした。
次に、内側を圧迫している物を無理やり引っ張る。
「んおぉっと!」
結果…それは結構な勢いで外に飛び出し、ヘブルチ自身が驚かされた。
「ふぅ……コイツがそのブツだぁ」
「ちょっ、それって…!」
そして次に驚くのはオリバー達。

目を見開くマルが指差す先に…ジャイロ愛用の銃があった。







「何という耐久力……されど…直に陽は昇る…。
さすれば、そのおぞましき肉叢も……――――」

名も無き孤城の立つ湖。
薄暗いそこを、陽光がまさに照らそうとする。

この長い夜間、孤城の中では激戦が続いた。
余裕を見せていたルーフも、終わりが見えない戦いで疲弊している様子。
いくら力量差があれど、“決して倒れぬ者”を相手取れば必然的に限界が訪れるのだ。


ナシウスやエビルナイトと同じく、ジャボーも闇夜から恩恵を受ける性質を持つ。
厳密には、彼の性質がその二人に継がれたと言うのが適切。
二人を生み出した本体ゆえ、受ける恩恵は凄まじい。
不死の肉体に、人間を少し上回る再生力を持つ彼だが…夜間や暗所に置かれると更にそれは増す。
こうなれば、物理攻撃で押すのも難儀となる。
それこそ、グラディオンやバルゼノンのような“伝説の杖”から放つ光でなければ、弱らせることすらままならない。
まさしく、この世の闇という闇全てがジャボーの味方となる。
世間で“漆黒の魔導士に対抗できるのは伝説の杖のみ”とされる由縁には、ダークミストの他にこの性質も含まれていた。

ルーフとの戦闘中にもその効果が出ている。
一晩経つまで足止め出来た理由もそれだ。
魔力探知で銀髪少年が察した通り、彼女は精神的に追い詰められていった。

しかし、絶大な力をもたらす魔の時間は直に終わる。

「…そうだな………が、徒労に終わる訳でもなさそうだ…」
にも関わらず、穏やかに微笑むジャボー。
吐息混じりに紡ぐ言葉から、相当な疲労が伺えた。
「何…?」
その態度を見ると、ルーフは眉を潜める。

精神的に追い詰められはしたが、肉体的にジャボーを追い詰めたのはこちらだ。
夜明けが来れば、体力も再生力も下がり……いつ倒れてもおかしくない筈。
だのに、彼から微塵も焦燥や不安を感じられない。

「お前を動かす導因だけは“見えた”よ……。
成る程、“あの事変”か…筋は通る」
「貴公、見たのか…見えたのか。
戦の最中、我が胸中を……」
気付かぬ内に“読心”されていた。
その事実に、僅かな驚きを見せるルーフ。
「本来見れたものではないが……疲弊の影響でもあったか、一部は覗けた。
その信念とやらに、闇を投じるぐらいは出来たらしいな…」

戦闘中に彼女の動揺を感じたジャボーは、再度“読心”を試みていた。
“今なら覗けるかもしれない”と考えたのもある。
が、それより純粋に知りたいと思った。
彼女の動機は何か、何故これ程人間を怨むのか…。

「しからば解せるであろう?
傍若無人なる人の行い、彼奴らが犯せし重罰……そして、魔物性を」
ルーフの表情が一際険しくなる。
「されど尚、邪魔立てするか?」
「…ああ、それでも譲ってやれんな」
対して、ジャボーは穏やか且つ明確に答えた。
「……結句、貴公も人である訳だ」
答えを聞き、溜め息のあと大槍を一振りするルーフ。
刃を劣化させぬよう、返り血を払ったのだろう。

「いつの世も、貴公らは斯様にして罪を忘れ、記憶に伴い無きものにせんとする。
しかほど人を、“救世主”を護りたくば…夜明けと共に終焉を与えようぞ」
ジャボーを赤の眼光で刺し、喉元に刃先を向けた。

「ふふっ……やはり、人間のことなど何も分からんようだ。
私怨に囚われ…思考停止した者の“粛清”など、滑稽極まりなかろう…?」
彼はそれをも一笑し、 傷だらけの杖で“イーゼラー”のルーンを描く。
「説き伏せるのが不可能であるなら……出し惜しみはせぬ」
すると、ルーフが放つ眼光はより鋭利になる。
「“魔導士”め…人に全を賭すか」
彼が形成した、宙に浮かぶ巨大な黒球。
それから絞り出された魔力を感じると、大槍を投げ飛ばすルーフ。
彼女に特別な防御手段はない。
防御よりも、相手の生き血による再生を重視しているためである。
故に、負傷を覚悟してトドメを刺すことを選んだ。

「人間にしろ…“救世主”にしろ、お前よりは理解しているつもりでな……理由はそれだけだ」

黒球が弾けると、結界一杯まで黒い衝撃波が飛び交う。
その様は、結界内で黒い嵐が発生したように見える。
「うぐっ、くうぅ……ぁあああああっ!!」
想定外の攻撃範囲に、逃げ場を失ったルーフ。
彼女には、嵐を耐えるほか術が無い。
先ほど投げた大槍も、あまりの圧で何処へ飛ばされる。
身体中が黒く崩壊するのは、瞬く間のことであった。

レイナス達を捜索、更に救助するための時間は充分稼げた筈。
後のことはナシウス……そして人間達に託そう。

上がる口端から、生ぬるい赤の雫が落ちた。







「も~、よりにもよって“此処”だなんてっ!」
何故か不機嫌そうなマル。

ヘブルチ達と合流したオリバー達は、共に谷の最奥を目指している。
ヘブルチが探索中拾った銃により、此処に連行されたのはジャイロだと確定した。
それは大きな収穫で、一行としては喜ばしいことなのだが……。
「何でさっきから怒ってるのさ?」
無神経にも、率直に質問するナシウス。
「怒ってない!!」
マルの叱声で、一瞬肩が跳ねた。
「おぅっ!? ……あ、そうなんだ…ごめん」

心を破壊されたジャイロが此処に居る。
それを知るや、どういう訳かマルが機嫌を損ねた。
この現象がナシウスの気にかかっている。
「止めとき…よー分からんモンいろたら、ろくなことならんで」
「ジャイロのこととなると、すぐ不機嫌になるんだよ…理由は分からないけど」
オリバーとシズクの二人が、小声で彼に教えた。
「分かっとらんのかいっ!」
間髪入れず、オリバーの発言に突っ込むシズク。

「よもや二人ともガキンチョとは……たまげたわぁ…。
年の差半端ないんに、なぁ~…」

それから、オリバーとナシウスの顔を見て嘆く。
「えっ…シズク、それってどういうこと?」
「何言ってるか全然分からないよ?」
二人が同じ仕草で首をかしげる
この様子を見て、シズクは長いため息をついた。

魂を共有していた二人だけあり、異性について至極疎い節がある。
唯一の家族たるアリーの寵愛を受け、人一倍純真な少年に成長したオリバー。
若年で命を棄てて以降、“漆黒の魔導士”として浮世離れした時を長年過ごしたジャボー、及びナシウス。
こんな境遇により、彼らのそういった面が一層強まった。
故に、少女特有の複雑怪奇な心情を察するのは…土台無理な話だろう。
「ガハハハ!あの盗人がそんな気にかかるかぁ!?
全く隅に置けんぜ小娘!」
何となく心情は読めるのだが、扱い方を知らぬ男が一人。
「茶化さないで、そんなんじゃないから」
「お、おう…」
冗談のつもりのからかいを、冷淡にあしらうマル。
これまた無神経なヘブルチの言葉で、不機嫌が更に悪化した。

「…まったく」
たじろぐ男性陣の先頭を歩き、マルは荒ぶる足取りで奥へ進む。

あの臆病者を、こんな場所へ置く訳にいかぬではないか。

この不機嫌は、ジャイロを案じるが故に起きていた。





「…アレ?感覚が……って何なの、これ!?」
ややあって、最奥まで辿り着いた一行。
遺跡の最奥に着いた時と同様、感覚が元通りとなった。
此処には、かつてグラディオンを封じていた祭壇があるが…。
「地形変わっとるやんけ!」
彼らの前に広がる岩盤は、激しく抉られ削られている。
このため、シズクの言葉通り地形が変わっていた。
「皆、気を付けて…あそこに何か居る!」
その存在にいち早く気付いたのはオリバー。
奥の祭壇付近で“異形”が佇む。
彼の声が契機となったか、それはゆっくりとこちらを振り向く。
…という表現は誤り、実際は頭部だけがこちらを向いた。
「ぎゃあっ!?」
「くっ…首、が…!?」
あまりに奇怪な動作で、小気味いい悲鳴を上げるシズク。
盗賊や兵士といった、屈強な男達すら動揺させられた。

「ビーーッ!ビーーーッ!!」

突如、機械から発せられるような警報が鳴り響く。
これと対応し、異形の両目は赤く点滅。
音源が彼であるのを察するのは容易だ。
ただ、どう聞こうと生物の鳴き声に思えない。
異形の体内に警報器が存在する、と考える方が納得できた。


その状態を保ったまま、異形がオリバー達に歩み寄る。
遅々としながら力強い歩みは、空気を瞬時に凍てつかせていく。
「…来るよ、気を付けて」
「うん…分かってる」
ナシウスの忠告に答えるオリバー。
これを合図に全員が身構えた。


暗闇から、重量感溢れる足音を響かせる異形。
次第に明らかとなるその姿は、案の定機械の様…それどころか、機械そのものを思わせた。
と言っても、全身から歯車や導線が剥き出す歪な姿だ。
その上全体像は有機的で、簡潔に表すなら獣人を象っている。
更に、霧が漂う足元や…身体に絡む古びた包帯は、亡霊のようでもある。

暴走したセバと同様、感情の読めぬ混沌とした姿であった。


「アレ、もしかして!」
「もしかしなくともアイツやろな」
そんな姿形からも、マル達はとある者を思い出す。
「…ブロッケン……」
面影や、これまでの出来事から悟った正体。
それはジャイロのイマージェン、ブロッケンだ。
此処にジャイロが眠るなら、彼を主とするブロッケンが操られようとおかしくはない。
彼らが受けた仕打ちは、マルとセバのそれと同じなのだ。

「プシューーー……」
太い管を持つ口元からスチームを吐き、ブロッケンが重いボディを揺らす。
「ビーーーーッ!!ビーーーーーーッ!!」
一際大きな警報を鳴らすと、急にこちらへ駆け出した。
「来るよっ!」
とはいえ、案の定大した速度は出ない。
降り下ろされる拳は無事に全員回避できた。
代わりに、彼らはその凄まじい威力を見せつけられる。
空振る拳は岩盤へ叩きつけられ、同時に直径5mはあるクレーターと、木の根のごとき亀裂を生み出す。
良く見ると…拳の先で歯車が高速回転していた。
これが更に岩を抉り取ったのだろう。

「地面が…あんなに抉れた……!?」
「それも一瞬で…」
全員、特に兵士達から血の気が引いた。

あの拳を人が受ければどうなることか…。
おそらく、ボーグが誇る鎧すら紙屑同然に――――

そんな想像が、鎧で守られた兵士達を震撼させていく。
「…なぁに怖じ気づいてんだテメェら!」
彼らに喝を入れる一声。
それはヘブルチのものであった。
彼は兵士達…それだけでなく全員の顔を見据えて腕を組む。
「クニを守る兵士様が此所で退くかぁ!?
世界を又にかける空賊様がンなトコで止まる気かぁ!?
…ダチ助けに来たご一行様が逃げ帰って良いのかぁっ!?」
奥に潜んだ闘志を引き出すため、あえて挑発的な言葉を選んでいく。
だが…。
「そうは言っても…奴に殴られたら終わりだぞ!」
「そうでっせお頭!こればっかりは兵士連中の言う通りだぁ」
「何ぼ何でも、アイツには近寄れんぞ?
そこんトコどない!?」
当然、簡単に引き出せはしない。
反感を買うばかりだった。
「…フンッ」
彼らの反応を鼻で笑うヘブルチ。

「近付けなきゃどうしようもねぇってのか?
ソイツは違うなぁ……」
今度は体勢を整えたブロッケンを睨む。
それで目を付けられたか、彼一点狙いで突進された。
「来いや脳筋野郎、こう見えて俺様は頭脳派だぁ!」
殴られる直前で横へ避け、すかさず鞄をまさぐるヘブルチ。
「わりぃな同業者…勝手に借りっぞ!!」
そこから取り出したのは…。
「アレってジャイロの…!?」
マルが察する通り、彼が拾ったジャイロの銃だ。
ヘブルチがブロッケンの片脚目掛け、すかさず引き金を引く。
それは見事命中し、軽症であるものの動きを鈍らせた。
刀剣だけでなく、クラフターなど様々な武具を持つ彼には雑作もないのだろうか。
「よく聞けぇ!」
しかし、それだけで彼は容赦しない。
もう片方の脚も撃ち、完全にブロッケンの体勢を崩す。
「コイツは遠くからブッ放せるメンツで引き付ける!
それ以外は…この隙にあのコソドロを捜せ!
全力でだぞ、いいなっ!?」

「ヘブルチさん…」
手際よく、効率よく行動する彼にオリバー達一同は圧倒された。
「……分かりやしたぜお頭ぁ!
おい、さっさと捜すぞお前ら!そこの兵隊もついてこいっ!!」
ヘブルチの部下、その一人が奥の祭壇へと向かう。
ジャイロが居るとするなら、祭壇の内部かその周囲であろう。
それより手前は既に見た箇所だ。
「あたぼうよォ!」
「今回はあの盗人の言う通り、か…やむを得ない!
我らとてロデッ……ジャイロ殿の発見が最優先なのだ」
それに他の盗賊や兵士達も続く。

「さぁて、残るテメェらは…どーすんだぁ?」
その場に残った者達へ笑いかけるヘブルチ。
彼の眼前に並ぶのは、決意を固めたオリバー達だった。
「どうせ答えは一択なんだろ?」
対するナシウスが、不適な笑顔で聞き返す。
「だよねぇ…私にだって分かるよ」
「聞くまでもないわなぁ」
マルとシズクも、確信に満ちた笑みを浮かべる。
「…一緒に戦おう、ヘブルチさん!」
皆が悟り、決意する答えをオリバーが言葉にした。
「ガハハハハハッ……いい返事だなぁ、それでこそテメェらだ!!」
オリバー一行も戦闘形態に入り、体勢を整え直すブロックを見据える。

今回ばかりは、ルッチやエビルナイトなど接近戦特化のイマージェンを出すのはあまりに危険。

彼らの脳裏にそんな考えが過った。



~ゴーストの谷・祭壇内部~

「中が狭くて助かったなぁ…」
「ああ…彼が居るとするなら、もう“この中”の他にない」
祭壇内部、暗い地下室に入った盗賊と兵士達。
その内一人の兵士が、部屋の中央に置かれた棺を明かりで照らす。
すると全員の視線がそこに集中した。
「…よぉし、一斉に持ち上げんぞ。
兵士連中もへたばんじゃねーぜ!?」
「盗人共め…我らを軽んじるにも程がある!」
盗賊らと兵士ら、全員が重く巨大なそれの蓋に手をかける。
「せえぇのぉっ!!」
浮き上がる蓋を慎重に置き、怖ず怖ずと棺を覗き込んだ。
「……ジャイロ…殿」
兵士の一人が、掠れた第一声を絞り出す。
首輪に呪われしジャイロは、火葬前の遺体よろしくそこで眠っていた。
そして…全身にはルーフと戦った痛々しい証が刻まれている。
「安心しな…脈はある」
また盗賊の一人が、彼の脈動を確認する。
あくまでルーフが壊すは心か、とどめを刺されていない。
だが、程度として重傷な生傷もある。

深く、されど命を奪わぬ傷を刻まれ…昏睡したまま秘境に放置される。
“生かさず殺さず”という表現が相応しい。
そんな仕打ちを彼は受けていた。

「これが奴の言う……“粛清”か…?」
新たに一人の兵士が呟く。
顔が引きつったまま硬直している。
「…悪趣味なヤローだ、反吐が出る」
一人の盗賊は、棺から逸らした顔に明らかな嫌悪の情を表す。
まさに反吐のごとく言葉を吐き捨てた。

息があるにも関わらず、昏睡状態のまま棺に閉じ込められる。
生きた人間を屍扱いする行為に、嫌悪感を抱かぬ者は居ない。



「あの歯車…危ないったらないわ!」
「うん、掠っただけでも凄く痛い…」
ブロッケンの動き一つ一つは単純。
…と言っても、“絶対に当たらない”という条件付きでは戦闘が難しい。
「…だけど、このままなら」
シズクと会話するオリバーの瞳が自信に満ちた。
どんな威力を誇ろうが、単調な動きの敵を倒すことなど彼らには容易い。
「ギギギギ……ギ…ギギ…」
それに、ブロッケンの体力は順調に削がれている。
錆びた金属のような呻き声も、その証であろう。
「ああ、一気に畳みかけたろうじゃねぇか!」
止めとばかりに、容赦なく彼を撃つヘブルチ。
重く、崩れかかった鉄塊は弾丸を受ける他ない――――

「んなっ!?」

…と思いきや、それは当たる直前に消滅した。
厳密には蒸発したのだが、何せ一瞬のことなのでそう見えるのだ。
「ねぇ、何これ……暑い、急に暑くなったよ…?」
新たな異変にいち早く気付くマル。
「…ホンマやん……ごっつ汗出てきよった!」
全員の肢体から汗が流れ落ちる。
その量は尋常ではない。
彼らの全身を濡らし、汗腺の閉塞を許さなかった。
「クソッ…タレェ……どう考えても…アイツが熱源だろがあぁ…!」
荒い息を吐き、ブロッケンを睨むヘブルチ。
その先では、膝をついたまま静止するブロッケンの姿があった。
ただ…ボディからところどころ煙が噴出しており、彼を乗せた地面はうっすら赤く発光している。
故に、彼自身が高温なのは明白だ。
「…違いない」
ナシウス含む全員が納得した。

「プシューー……」
突如、煙を吐きながら立つブロッケン。
握り拳を囲う歯車も、熱で赤々と発光していた。
「ビィーーーーーーーッ!!」
それを振り上げるや、警告音を鳴らしてこちらの方に突進する。
拳自体を回避するのは容易であったが…。
「きゃああっ!」
抉られた範囲が瞬時に熱せられ、衝撃で高温の破片が飛び散る。
運悪くというべき…もしくは意図的に狙われたか、最も防御の手薄なマルへ大量に降りかかった。
「マルッ…!!」
咄嗟に“オーラバリア”のルーンを描くオリバー。
しかし、発動した所で間に合うだろうか……。
「っ……!」
反射的に、マルは目を固く閉じる。

「あ゛あ゛あ゛あァーーッ!!!」

絶叫を発したのは、共に戦うセバであった。
「…え?」
その声には勿論、自分が無事であることにも不安を覚えるマル。
おそるおそる目を開くと……セバが背中より煙を立て、その場に崩れていた。
「セバ…?…セバッ!」
「良かっ…た……無傷で…。
自分を守る暇、無かったん…だよねぇ……へへ」
精一杯の強がりか、弱々しく笑う彼女。
それで痛々しさが増しているのに気付かない。
「何よ…何笑ってるのっ!?」
「ごめん…なさい」
主から叱声を受け、縮こまった彼女の背中。
そこの火傷が、優しく暖かい光に包まれる。
「……ありがとう。
でも、セバのそんな姿…見たくないよ…」
自然と、主は癒しの音色を奏でていた。
白い指がハープの弦を弾く度、セバの火傷は癒えていく。
一命を取り留めたのが不幸中の幸いか。
「マル……」
「貴女は少し休んでて。
少しでも“お返し”しないと気が済まないの、私」
一旦セバを心中に入れ、ブロッケンを正視するマル。

そう言うものの…自分に何が出来るのだろうか。
単純な攻防では、どうしてもオリバー達に劣る。
なら、自分にしか出来ないことがある筈。
イマージェンを惹き寄せる歌が、荒れた心を癒せる歌が……。

「…よし、分かった」
少し思考した後で一言呟く。
「プシューーー…」
熱調整のため、煙を吐いたブロッケン。
視線が合った者を狙う性質か、まだ彼女を標的としている。
「ビィーーーーーッ!」
その拳は、再び同じ者に向けられた。

「少しは…自分でやったことを自覚しなさぁいっ!!」

ブロッケンに叱声を浴びせると、何を思ったか“大地の歌”の伴奏を始めたマル。
「何してる!?早く逃げないと――――」
意図を理解する前に、ナシウスの声帯は逃走を促す言葉を発するが…。
「ッ……!!」
驚いたことに、灼熱の拳が一瞬で止まる。
そのまま硬直し、微動だにしなくなった。
細かく言えば、身体が硬直するなか拳だけが小刻みに震えている。
「何じゃあ!?」
「あっ、もしかしてそれ…」
シズクが戸惑う一方、真っ先に意図を察したオリバー。
「そうだよ、この子のお気に入り!」
振り向くマルの顔には輝きが戻っていた。
「やっぱり……ブロッケン、その歌を凄く気に入ってたもんね」
「あ、せやからそいつが刺激になったっちゅーことか!?」

オリバーとシズクは知っていた。
戦闘に明け暮れるイマージェン達に、一時の安らぎを与えた何よりのもの…それがマルの歌であると。
野生のものすら魅了するそれに、癒やされぬイマージェンは皆無。
彼女の歌は3曲あって、“空の歌”、“大地の歌”、“海の歌”とそれぞれ自然現象をテーマにしている。
その内ブロッケンが気に入っていたのが“大地の歌”だ。

「そういうことだったのか…」
「そーいうこと、私だってちゃんと分かってるんだよ」
納得したナシウスに、自信満々の顔を見せるマル。
「…じゃ、今度こそ畳みかけるしかねぇわなぁ?」
負けず劣らず、ヘブルチが不敵な笑みを取り戻した。
急激な風向きの変化を察知したためか。
「小僧!もうちっとアイツの頭冷やしちまえ!」
「あっ…うん!」
冷やせ、と言われれば一つしかあるまい。
「おいで、グレイ!」
呼び出す魔法“召喚”のルーンを描くと、瞬く間に大氷河穴の氷狼・アングレイクが出現した。
愛称“グレイ”の彼は、幾度となく呼ばれ敵に凍てつく吐息を吹き付けている。
当然ながら、今回も摂氏零度以下の世界へ誘ってみせた。
「ギッ…ギギギ……」
ブロッケンのボディが急激に冷めゆく。
それを通り越し、体表を霜で飾り付けられた。
弱点の冷気を受けたせいか、これまでにない呻きで苦痛を訴える彼。
声すら弱々しく凍てつき、猛吹雪に飲まれていった。

「ありがとう、助かったよ!」
召喚した魔物達への礼は欠かさぬオリバー。
主の礼を受け、彼らは颯爽と元いた場所へ帰る。
今回もそうなる筈であったが……。
「……」
方陣によって瞬間移動される間際、グレイは主を静かに見つめた。
「グレイ…?」
意味深な視線を露骨に受け、オリバーの顔が曇る。
答えを知る間もなくグレイは去った。

ナシウス曰く、感覚異常は大氷河穴でも起こるらしいが――――

「ガ、ギ…ギ…ビ…ギィーーーーーーー!!!」
壊れたラジオから鳴るように、歪な警告音が響く。
機械的であり、腹底から飛び出す絶叫のようでもあった。
それによって自らを奮起させ、再び熱を溜めるブロッケン。
並みならぬ冷気を受けての焦燥か、ボディを溶かす勢いで急激に体温を上げていった。
「テメェら、ボサッとしねぇでさっさととっちめんだよっ!」

このままでは、マルやオリバーがもたらしたチャンスも水の泡。
焦燥に駆られるのはこちらも同じ。

こう考えてか、ヘブルチは弾を惜しまず撃ちまくった。
それも乱れ撃ちとは違う、確実に急所を突いた集中攻撃である。
弾を溶かす温度には達しないようで、ボディがひび割れていく。
だが、こんな隙もほんの僅か…途中から弾の蒸発する音、焦げた金属の形容しがたい臭いが漂い始めた。
「チッ、また元通りかよ!!」
「いや…これなら氷魔法も通用する!」
ナシウスが敵を直視して言う。
蒼炎以外に攻撃方法を持たぬ彼には、手出しの出来ない状況だ。
ブロッケンが熱を溜める前には加勢していたが、言うまでもなく今では逆効果。
出来ることと言えば、一歩引いて状況判断くらいだろう…と判断した。
だからこそ、ブロッケンに開いた細かい穴をいち早く見つけたのである。
「体内に氷魔法が染み渡れば…今度こそ」
直後にマルを見つめた。
「…うん、私に任せてっ!」
彼の意図を確かに汲み取り、二度目の演奏を始めるマル。
「ッ……ギ…ィ」
それこそ、魔法による呪縛のような効果を発揮した。

ナシウスは、直接氷魔法を使えるオリバーでなくマルにことを託した。
それは、魔法の詠唱時間を考えてのことである。
まず、オリバーが使う氷魔法には先程の“召喚・吹雪ブレス”に加え、下位魔法の“氷結”が存在する。
“氷結”なら即時に発動できるものの、威力はかなり劣ってしまう。
そして、高温なボディに“氷結”程度の冷気は無力。
必然的に“吹雪ブレス”を使わざるを得ない。
その代償に長い詠唱時間が必要なのだ。
この二つに限らずとも、魔法の詠唱時間は効果が絶大であるほど長引く。
だから、ブロッケンの動きを封じられるマルの歌に賭けるのだった。

「グレイ、もう一度お願い!」
またも氷狼は呼び出され、止めの冷気を吐き出す。
「ギギ、ギッ…ギィーー……」
悲鳴を上げる体力もなく、ブロッケンは極寒の中倒れた。
「ありがとう…」
主の言葉を聞き、颯爽と去ろうとするアングレイク。
「あ、あの!」
それを引き留めるオリバー。
「そっちの方にも何かあったんだよね?
待ってて、すぐに行くから……」
氷狼は目を細め、彼を見てから去る。
つり上がった目尻が下がっているように見えた。

「ギギ、ギ……」
未だ抵抗するつもりか、ブロッケンがボディを軋ませて蠢く。
「おらあぁっ!!」
その眉間に、容赦なくヘブルチが弾丸を当てた。
「ッ…………」
重々しい音と共にブロッケンが倒れ、一行は戦いからようやく解放されるのだった。







「“女王”以下と貴公を侮り、傲った。
我が策を狂わせしは、ただ一点の慢心なり」

激戦後に迎えたのは、恐ろしいまでに静寂な夜明け。
言葉を放つルーフも、涼しげな態度に反し重傷である。
魔力を限界まで込められた“イーゼラー”は、彼女の身体を瞬く間に削った。
お陰であらゆる部分が抉れ、黒い傷口が全身に広がっている。
「斯様に執念を持つ者は、よめる程しか見知らぬ」
赤い瞳が向く先に、同じ程赤い男がいた。
「そうだな…貴公は彼奴を想起させる。
そも同じ“執行者”とは、何たる因果……」
否、身を赤く染めているのだ。
「…何を言おうと、最早届かぬか」
何によってかと言えば勿論……。
「こうならば我も急かねばならぬ。
残すは“救世主”ただ一人……信念は赦そうぞ、“魔導士”」
夥しい量の出血によるものだった。
これだけの血液があればルーフもある程度再生できる筈だが、そうしなかったのは礼儀か、誇りによるものか。
術者の衰弱に比例して、結界も消滅してしまったらしい。
男に例の首輪を取り付け、ルーフは光となり何処かへ去った。

彼女との激戦で廃墟同然に崩壊したナナシ城。
天井や壁を半分以上失った王室に、ジャボーただ一人が取り残される。
莫大な魔力の放出、著しく削られていった体力による疲労は凄まじい。
故に立つこともままならず、倒れかけの身体を震えた両手で支える姿勢をとっていた。
「…フフッ……何と、無様な……」
彼は自嘲気味に笑う。
それもその筈、出血の原因はルーフからの攻撃…それだけではない。
限界超えの魔力を無理矢理引き出した反動である。
不死で人より再生力があるとは言え、身体の耐久性は一般人と何ら変わらないのだ。
その脆い器から、本来危険な聖灰の魔力を引き出せば負担も大きい。
先天的に持った魔力すら、限度を超えて引き出せば精神面・肉体面共に負担がかかる。
「うっ…おぇええぅぇえ!!……えぇ、ぐぅ……っ……!」喉奥より吐瀉物よろしく赤黒い液体がぶち撒かれ、床を汚した。

肉体の内、最も脆弱な部位はやはり臓器。
骨格、筋肉、皮膚といった具合で厳重に覆われているのが証と言えよう。
それ故、必然的に有害物質や病の影響もまずそこに出る。
これと同じく、臓器が魔力の負荷に最も弱い。
己の内側から放出されるもの、というのも一因だ。
彼も魔力に臓器、それもほぼ全てを壊されたのだろう…あらゆる箇所からの出血が止まらなかった。
更に、首元にはあの忌まわしき首輪が。
次は精神を破壊し尽くされる番だろう……。

「結局……………………か…」
こんな形で己の“人間”を実感する心境は如何なるものか。
虚ろな眼から血涙を滴らせ、血反吐にまみれる自らをどう評したか。
誰にも知られぬまま、強制的に眠らされていった。







「ブロッケン!?ブロッケン!」
倒れたブロッケンの姿はやはりそのままで、微動だにせず仰向けである。
撃った箇所が箇所なだけに、駆け寄るオリバー達は彼の生命を案じた。
「落ち着いて、脈はある……脈?か分かんないけど、何か動いてるから生きてるよ!」
とりあえず首に触れるマル。
機械的な容姿ゆえ、脈拍か不明だがそれに似た動きを感じた。
「…ったりめぇだ!」
狙撃の張本人、ヘブルチが不服そうに言葉を吐く。
「俺を誰だと思ってやがる…空賊王ヘブルチ様だぜ?
職業柄、武器のことは知り尽くしてんのよ!」
ジャイロ愛用の“スティールガン”へ値踏みするような視線を送った。
「コイツは大戦で使われたプレミア物でな、ひたすら盗みに特化した変わり種さ。
……俺にとっちゃ、是が非でも欲しい代物でもある。
つまり、弾込めても並の銃より殺傷力は劣るんだ。
分かってて撃ったに決まってんだろ?」
それからブロッケンの額を軽く叩く。
「あっ、ちょ…!」
「あとよぉ、こんな装甲持ってりゃどこ撃たれようとほぼくだばんねぇぞ!」
マルの制止も構わず言い切った。
並ならぬ“自信”で一ノ国の少年・ロックを救っただけのことはある。

「うん、空賊王殿が仰る通りだ。
心がちゃんと体内に収まってるからね」
会話の隙にか、黙々と心を診ていたナシウス。
その言葉は周囲に疑問を与える。
「体内に収まっとる…っちゅーんはどないなわけじゃ」
シズクがすぐさま声に出す。
「生物の心ってのは、普通体内に収まってるものなんだ。
心そのものが抜け出た身体なんて…それこそ抜け殻、ただの有機物。
ヌケガラビトでも、外郭だけはしっかり収まってるよ」
「お、おう…何か宗教臭い話やなぁ……」
「つまり、心が身体に収まってれば生きてる証拠なんだね?」
「そういうこと」
ナシウスの説明は、どこか宗教的で哲学的な響きを持っていた。
彼としては、率直に事実を説いているのだろうが。
故に伝わらない部分もあるが、言いたいことはオリバー達にも理解できた。
「他にも朗報があってね…最後の一発がこの子の自我を引き出したらしい」
驚いたことに、とどめがブロッケンを救うきっかけも担っていた。
「んなっ!?何や、撃たれたことでもあるんかコイツ…!?」
「単に馴染みの品での攻撃だからだよ………きっと」
ジャイロも己のイマージェンを撃ったりはするまい。
それは確実だが、きっかけがきっかけだけに妙な勘繰りをしてしまう。
「当然だけど、この子達の感性は僕らと違うね。
さ、心も身体も早く癒すとしよう」



「……うおおっっ!?」
「うおおおっ!?」
驚いたようなブロッケンの一声。
と、それに驚くシズクの悲鳴。
同時に凄まじい速度で上半身を起こしたため、全員の肩が跳ね上がる。
「ビビったああぁ……お前ら心臓にわりぃねん!自重せぇっ!」
「オリバー坊にマル嬢ちゃん…それと鼻提灯の旦那?
な、何スかこれ…オイラは一体……兄貴、兄貴は!?」
呆然と周りを見回すブロッケン。
ジャイロのイマージェンなせいか、種族の割に貧弱な姿をしていた。
見慣れた仲間達の他に、いつぞやの大男と様子の変なジャボーが瞳に映る。
その直後、彼の二つ目は最大限に開かれた。
「わあああっ!!何でアンタらが此処に!
特にどーしたんスかクロスケの旦那ぁ!
気持ち悪いぐらい若々しいっスよおぉ!?
これじゃまるっきり別人じゃねぇスかあぁ!!」
「相変わらず失礼なやっちゃな!
まるっきりも何もコイツはジャボーちゃうで、一応!」
早口で騒ぎ立てるブロッケンに、負けじとシズクも言い返す。
言い返したのは良いが……。
「いやぁ~、ちょっと見ねぇ内にこんな風に!」
ナシウスをジャボーと思い込み、一人で感激している。
「あの…違うんだよ、僕の名前はナ――――」
「時間ってヤツはおっかねぇなぁ~!」
本人の言葉すら耳に入らないようで、ナシウスも口を噤む。
「…ところで兄貴は?あ、兄貴は変な女に捕まってどうなったんだぁ!?
ま、まさか……兄貴…兄…兄貴いいいぃぃぃぃぃぃっ!!うおおおおおおん!」
とうとう滝のように涙を流した。
「そういえば、ジャイロは見つかったのかな?」
周囲も、オリバーと同様の疑問を持つ。
彼らが戦闘に集中する間、ヘブルチの部下達とボーグ兵達がジャイロの捜索にあたった。
とは言え、捜す場所と言えばもう祭壇の地下室しかない。
そこに居るならとっくに発見された筈だ。
「…あそこに行ってみようよ」
マルの一声で、一行は祭壇へ足を運ぶ。
勿論、取り乱したブロッケンも何とか連れて。



「お頭!それと御一行様!ご無事で何よりでっせ」
「何とあの化け物まで……やはり、陛下が認められた子達だな」
石造りの地下室へ響く、冷たい足音。
盗賊とボーグ兵達が一斉に振り向き、オリバー達を歓迎した。
「ガハハハッ!俺の銃さばきにコイツらの魔法、それこそ鬼に金棒だからなぁ!」
狭い地下室へ、豪快な笑い声が響き渡る。
狭さゆえ大した音響はないものの、ごく小さな物音さえ目立ちそうだ。
「……で、そこに入ってんのは同族に違いねぇか?」
棺に収まったジャイロを見るや、一変して威厳を見せるヘブルチ。
彼の姿を見ても、安易に近付いたりはしない。
数多の罠や仕掛けに触れ、自然に慎重派となったのだろうか。
「ええ、この無精髭…天パ…悪人面…間違いなくあの詐欺師ですぜ」
そう言い、盗賊の一人がジャイロの首に触れてみせる。
「息の根も止まっちゃいねぇ」
「良かった…」
一安心のオリバー一行。
しかし、ただ一人乱心する者が居た。
「そんな、兄貴……なんで…こんなことに…。
…まさかお前らか!?お前らが兄貴をこんな目にいいぃぃっ!!!?」
「オイオイ、随分なことを言うな。
我々が眠る彼をはっけ――――」
苦笑する兵士。
その説明すら今のブロッケンには通じない。
「絶対、ぜっっったいに許ざあああああんっ!!」
突如、盗賊とボーグ兵に襲いかかったのだ。
貧弱な外見でありながら、腕力は種族の特性で怪力。
なので、彼の体術を食らえばひとたまりもない。

「ええかげん落ち着けっ!!」
風船が破裂するような音が木霊した。

一瞬のことだが…シズクが懐から愛用のハリセンを取り出し、ブロッケンの頭頂部を全力でぶっ叩いたのだ。
正直戦闘用で使える気もするが、彼曰く“突っ込みと暴力は全く違う”らしい。
戦闘に使わない理由でもあるという。
「あ……しまった…オイラ、とんだご迷惑を!
サーセンッ!!ホントにサーセェン!」
見事、ブロッケンを正気に戻した。
それに乗じて、ナシウスが彼の肩に手を置き諭す。
「事情はあとでゆっくり説明する。
まずは君の主を助けてから……」
「た、助けてくれるんスか?
どうか…どーかオナシャス!!」
「ああ、必ずな」



「うぅ………。………!?」
ジャイロの視界へまず映ったのは、自分を見下ろす多数の顔。
思わず飛び起きると、自分が冷たい箱に入っているが分かった。
「ジャイロ…良かった」
微笑むオリバーを、彼は呆然と見つめる。
「…オリバー?オッサンとマルも……その他大勢いやがる…」
それから周囲を見回すが、混乱は深まるばかり。
「何がどうなってんだ!?
ルーフの奴はどこ行った……ブロッケンは?
それにアイツは――――」
「あああにいいきいいいいいいいぃぃぃぃぃっ!!」
「うっ!?」
感極まったブロッケンが飛び付くと、その頭が棺の縁へ激突。
「すっけー心配してたんスよおおぉ!?」
「うぅう……」
更に、号泣する彼が容赦なく主の肩を揺らす。
「変な女に変な首輪付けられて、こんなトコに連行されてっ!」
「おい…て、てめ……」
頭蓋に衝撃を受けたこともあり、ジャイロの意識が朦朧としてきた。
「兄貴が死んじまったかもってえええぇぇぇ!!」
「………」
「…兄貴?あ、兄貴!あああにいいいきいいい!!」
ブロッケンが我に帰る頃には、また気絶してしまった。

「お、おい!?」
「大丈夫、今度は頭の治療をすれば良いだけさ」
慌てふためく周囲の者を諭すナシウス。
「また失礼するよ」
患部を見つけるべく、ジャイロの頭をボールよろしく掌で転がした。
「うん、少し出血してるけど大丈夫。
頭に限ってはその方が安心できる」
回復魔法の淡い光で患部を覆うと、ものの数秒で完治する。
「……ツツッ、いってぇ…」
ジャイロが目覚めたのも、その少し後であった。
彼とブロッケンには、兎にも角にも事情の説明が必要だ。



一連の流れを丁寧に聞かせていると、ジャイロの眉間に皺が生まれ、明らかに深く刻まれていく。
「…消去法で、大氷河穴にアイツがいるかもしんねぇてことか」
いつもの飄々とした態度も一変。
触れたら噛みつかれそうな威圧感を部屋に充満させた。
「こうして俺が動けんのも、この場にいる全員のお陰だ…感謝するぜ。
皇帝陛下の居場所も分かってひと安心した。
……それで、ルーフは今どこにいんだろうな」
声色からもそれが染み出す。
「…僕達が知ってるのは、ジャボーが足止めしてくれたことだけだよ。
でも、こんなに時間が経ってればきっと……」
一瞬真顔を見せると、落ち着いた口調でオリバーは答えた。
というのも、ジャイロの瞳が燃え盛る憎悪を映しているためである。
「くそっ、ジャボーまで…!
こうなりゃアイツもルーフもぜってぇ見つける!
一発でもいい、奴を撃たなきゃ気が済まねぇんだよっ!!」
ひどく興奮してがなる彼。
剥き出しの感情で表すルーフへの憎悪…それだけでない、自分に対しても同じ感情を抱いているようだった。

「ジャイロ…」
ジャイロを見るオリバーの眼は、憂いや慈悲を帯びている。
青い瞳は、さながら穏やかに揺れる大海のようであった。
「はぁ……」
不満げな顔で溜め息を漏らすマル。
ふとシズクに目が行き、同時に何か思い立ったらしい。
「シズク、ちょっとそれ貸してくれる?」
シズクに合わせ、中腰で囁きながら指差したのはハリセンだ。
「…俺の大っ事な商売道具やで?
くれぐれも乱暴に扱わんといてな?」
できれば貸したくないのが本音、しかし譲歩するシズク。
彼は上目遣いでマルに懇願した。
「つまりオッケーってことでしょ?ありがとう!」
「お前話聞いとらんかったろ!?」
言った側から乱暴に取りあげられ、内心憤慨するも抑える。
彼女なりに考えあっての行動であり、それを尊重してみようと考えたからだ。

「今日ほど自分を恨んだ日はねぇ!
ヘッ…何が“守る”だ、“支える”だ」
「兄貴…そんな……」
ここまで真意を暴露するジャイロは珍しい。
それほど余裕のない精神状態なのか。
今の彼には、ブロッケンの曇る顔さえ見えないようだった。
「俺にも魔力があればっ!こんなこと――――」
言葉を遮るような破裂音が響き、彼の脳天に衝撃が走る。
目をかっぴらき背後を振り返ると、しかめっ面のマルがハリセンを手にしていた。
破裂音と思われたものは、ハリセンがジャイロの頭を叩く音である。
「な…何しやがる!」
痛みはさほど無いが、苛立ちが半端ではない。
「ごめん…言いたい放題なジャイロ見たらつい、ね」
「はぁ!?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるマル。
対比するようにジャイロは怪訝な顔をした。
「何よ、魔力が無きゃ弟一人助けられないの?
はぁ~…なっさけない!」
「っ……!!テメェに何が分かる…!」
案の定、ジャイロの顰蹙を買う。
しかし、それを見た彼女の顔は憂いを帯びていた。
「…此処にいるヘブルチさん、ボーグの兵隊さん、盗賊の人達にも魔力なんか無い。
それなのに…命懸けでジャイロを探してくれたよ?」
ジャイロから憤怒の色が消えていく。
「私にだって無いけど、そんなの関係ない。
全力で、出来ることをしたからジャイロを助けられたの。
なのに、今のジャイロったらこんな所で喚いてばっか……本当、情けない…」
ついに、彼女へ反発することもなかった。
「気持ちは分かるけど、これじゃ駄目だよ。
そんな感情ばっかり持ったら、誰かを傷付けるだけ。
それこそ誰かを助けるなんて出来なくなる…」

「そ、そうッスよ兄貴!」

遠慮がちにブロッケンも声を上げる。
「前は駄目だったけど、オイラ達にはまだ次があるんス!
オイラもお供しますから、自分をそんな責めないで欲しいッス…」
「ブロッケン……」
彼の顔を見ると、不意に頭を撫でた。
「…悪かったな。確かに情けねぇ姿見せちまった」
ジャイロの顔にも笑みが浮かぶ。
「フフ、小娘にお説教されて腹立った?」
様子を見て安心したか、マルも笑顔で問う。
「ああ、かなりムカついた。
が……その、なんだ…感謝するぜ」
答える彼は、少し照れ臭そうに頭を掻いた。

目的やルーフへ抱く感情は変わらない。
しかし、心境は少し変化を起こす。
少なくとも、先程まで狭まっていた視野はぐっと広がった。

「あーあ、結局乱暴に使いよって…ま、今回だけは許したる」
シズク含め、周囲の表情も自然と穏やかになった。
それだけ、今までの威圧感が凄まじかったとも言える。
「ところで同族よ、おめぇ2回も頭打ってよく平気だなぁ…」
何故だか感心するヘブルチ。
ジャイロも、何故か誇らしげに自分の頭を指差す。
「フフフッ…俺のココはぎっしり詰まってんのさ。
だからこんくらいの衝撃じゃビクとも……」
笑顔のまま倒れる彼。
周囲がざわめき、オリバー達も慌てふためいた。

「わああっ!?ジャイロ、ジャイロ!!
私こんなつもりじゃ…手加減したのに!」
「オイラだってこんなつもりじゃなかったんスよおお!?
うわあああごべんなざいいい!ああああにいいいきいいいいいいいっっ!!」
「二人とも落ち着いて!ほら、脈もあるから!」
「せやせや!オリバー、はよ起こしたれっ!」

オリバー、マル、シズク、そしてブロッケンの様子を呆然と見るナシウス。
そんなこんなでジャイロも起き上がり、彼もほっとして呟いた。
「…とんでもない御一行と戦ってたね、“僕ら”は」
互いに間違いを正し、助け合う仲間達。
文句では頻繁に聞き、理想の関係ともされるが、実際見るのは彼らが初めてかもしれない。

何に対してか不明だが、一つの答えを突き付けられた気がした。


(後日挿し絵追加<(_ _*)>)


~END~

【二ノ国小説】part8「歌姫に捧ぐ雑音奏楽」 【※ks&グロ注意】

皆さんこんばんちは(*・ω・)ノ

いやぁ、最近脳が腐ってきた気がすんねや(((爆
在学中は補習もない日曜日を待ちわびたものですが……長い長い休みって案外ありがたくないもんです。
…中学時代の部活仲間とキャッキャウフフなお食事会とか嬉しいこともあったのですがね(*´∀`)

さて、話も変わりまして(唐突)
今回の話書いてふと思ったことがあるんですよ。
擬人化エビ君は生真面目と見せかけて、実はジャボーさんと別種類の厨二なんじゃないかってn((殴
ジャボーさんを邪気眼系厨二と仮定すると、擬エビ君はクール系厨二だろうか ((知るか
普通に真面目な騎士のイメージで書いたんやけどorz
その辺の判断は読者様に任せまする\(^o^)/ナゲタッ

~追記~
今回はお試しで挿絵をデジタル化してみました…が、アナログ人間筆者の力不足でかなり見苦しいことになっております((ヲイ
デジタルにはデジタルの問題があるのだと思い知らされた今日この頃。
アナログ時と同じような塗り方したら、おっそろしく時間かかったり…1枚目がまさにそんな感じです。
人物描くだけで力尽き、背景がお粗末になって、2枚目ではアニメ塗りに逃げる有り様…。
(単に逃げたのではなく、アナログ時からアニメっぽい雰囲気出したいとは思ってたし、アニメ塗り自体は好きです。
…てか挿絵の時はアニメ塗りで行こうかな)
デジタル用の描き方を研究せねばなりませんな(´・ω・`)

遂に二ノ国へ訪れたオリバー一行。
束の間の休息の夜、二ノ国は音も立てずに変化していた。

では今回も…ゆっくりしていってね
───────────────────────

二ノ国 magical another world

天地照光~金煌なる光の鳳凰~





~ババナシア王国入口前~

「何やナシウス、朝っぱらからやる気溢れさせよって…。
ヌケガラビトおったら分けたいくらいや」
再び砂漠が熱せられる朝、シズクは広大な砂地にアクビを響かせる。

彼とシズクは、ナシウスの一声で目覚める。
いつの間にか、仰々しく大剣を持ち座を組むエビルナイトの姿も見られた。
どうやら、二人はほとんど寝ることなく、各々の勤めを果たしたようだ。
僅かな休息でこれほど活動が出来るとは、彼らが夜に受ける恩恵は大きい。
こうして無事に休息を終えた一行は、再び広大な砂漠に赴く。

「だからこそやる気を出さないと!
今日は1日がかりで皆を捜すから、そのつもりで頼むよ!」
全身からやる気を迸らすナシウス。
休眠1時間だったとは思えぬ威勢の良さだ。
「勿論だよ、今日こそ頑張らないとね!」
オリバーもまた、仲間達の捜索に精を出すつもりだ。
「それで…彼らの居場所に対する見当はついているのでしょうか?」
「うん……ただ、それらの所まで行くのは難しいよ」
エビルナイトの問いに、ナシウスは表情を曇らせて答える。
「“それら”か…複数怪しいトコがあるんやな?
ほんで、難しいってのはどういうこっちゃ?」
シズクも当然のように質問を飛ばした。
「僕が明らかに怪しいと思ったのは“ナーケルナット遺跡”と“大氷河穴”…そして“ゴーストの谷”だよ。
何が難しいかっていうのは一旦置いとこうか」
「置いとくんかいっ!?
…しっかし、何か引っかかる配置やなぁ。
“ゴーストの谷”っちゅーのに違和感あるわ」
ナシウスが挙げた三カ所に疑問を浮かべ、考え込むシズク。
「…ナーケルナット遺跡と大氷河穴には“魔石”があったのに、“ゴーストの谷”だけ違うから?」
「せや、せやぁ~!」
思い付いたようにオリバーが付け足すと、彼の表情が一瞬で晴れる。

“魔石”とは、バルゼノンの対となる杖“グラディオン”の力を引き出す三つの宝玉だ。
バルゼノンを手に入れる前のこと、オリバー達はジャボーを倒す手段として“グラディオン”を手にした。
手にした当時は未完成で、力を引き出すための“魔石”が無かった。
これらを探す内に、“空族王”ヘブルチや“飛竜”クロの協力あってその在処に辿り着いた。
それが“ナーケルナット遺跡”、“大氷河穴”、突如現れた“幽霊戦艦”の三カ所である。

「ちゅーことは、“ゴーストの谷”は“幽霊戦艦”の代わりかいな?」
“幽霊戦艦”のみ今は存在しない。
そこに乗る船長や船員の霊達と共に成仏したからだ。
「おそらく…まあ、ルーフ達が“魔石”を意識したかは分からないけどね。
どの場所も人を隠すには打ってつけだから、単純にそれだけの理由かも」
ナーケルナット遺跡、大氷河穴、ゴーストの谷は皆、危険で広大な環境を持ち…この三カ所で人一人を捜索するのは難儀となる。
一般人では隅々まで探索するのも厳しいだろう。
これには、ナシウスも敵ながら感心させられた。

「…して、ナシウス様。
その三カ所に限定して考えたのには、何か根拠があるのでしょうか?」
再び鋭い質問を飛ばすエビルナイト。
主相手だろうと、疑問点は徹底的に追及する質のようだ。
「それは…この三カ所に行くのが難しい理由に関係するんだ」
対するナシウスも、慣れによるものかしっかり疑問を受け止める。
「どういうことなの?」
「…まあ、説明を聞くより“体験”した方が早い。
まずはその三カ所に行ってみよう…どこからにする?」
「……?
分かった…じゃあ、まずナーケルナット遺跡で。
とりあえず“テレポート”で行くよ!」
疑問を別のそれに変えられたオリバー。
しかし、ナシウスの言うとおり現地へ行かぬことには始まらない。
術者が知る場所に瞬間移動できる魔法“テレポート”を使い、まずは“ナーケルナット遺跡”へ向かうことにした。



~ナーケルナット遺跡前~

「着いたよ…って、アレ?
何か身体がおかし…うわああああ!?」
「何言うてんね…ひゃあああああっ!!?」
「うっ……これは…!?」

“テレポート”で瞬時に遺跡前まで来た一行。
だが、それ故彼らの身体は急に異変を起こす。
「成る程、瞬間移動だとこうなる訳か。
…何か酔いそうだよ……」
こう呟くとナシウスは、初めての変化に戸惑う三人を見る。
「見てる景色は変わらないのに……“地面と空がひっくり返った”みたいに感じる…」
オリバーはよろめき、酷く動揺した。
「地面に捕まらんと“空の中に落ちる”気ぃするでぇ……ナシウス、これは何や!?」
思わず地面に張り付くシズク。
彼に呼ばれたナシウスが、説明を始めた。

「これが、此処含む三カ所に行くのが難しい理由。
“見えない境界線”があって、その線を越えると上下感覚を狂わされるんだ。
“テレポート”で着地したのはそれを超えた所だから、いきなり影響を受けたんだね。
他の二カ所も同じ状態さ」

「これを仕掛けたのも…アヤツらか」
「そうだね…上下感覚が“反転”した辺り、あの銀髪少年の仕業かな」
エビルナイトの呟きにも答える。
一ノ国で逢った時の銀髪少年は、自らの力を“鏡”と称した。
それになぞらえた能力ならば、何かを“反転”させることも出来る筈。
「…エビル、君は戦闘時以外控えていてくれ。
余計な負担を避けられるなら、君だけでも万全の状態で戦って欲しい」
「御意」

イマージェンには、育成カゴや主の心中といった安全地帯が用意されている。
ならばこれを使わぬ手はない。

こう考えたナシウスは、エビルナイトを自らの心中へ収めた。
「オリバー、シズク…僕らは頑張って奥を目指そう。
中の変化に関しては未知だけど、僕らならきっと大丈夫だ」
次にオリバーとシズクの方を向き、微笑みつつ言う。
「うん、辛いけど…首輪を付けられた皆はもっと辛いんだ。
僕達が迎えに行かないとね」
狂った上下感覚に慣れたか、それすら気にしなくなったのか…オリバーも力強い笑みを返した。
「せやけど……やっぱちと不安やな」
シズクが浮かべるのは、同じ笑みでありながらオリバーと正反対の弱々しいそれだ。
「当然、慎重に進むべきだよな。
…でも思い切って入ろうか!」
彼を明るく諭すと、真っ先に入口へ近付くナシウス。
残る二人もそれに続き、一行は遺跡の中に消えた。



~ナーケルナット遺跡内部~


「おや、意外に何も変わってないね……アレ」
言いながら、ナシウスは何故か“入口へ戻ろう”とする。
「何してん、もう出てまうんか?」
怪訝な顔で彼を見るシズク。
「いや、違うんだよ…“前に進む”つもりで一歩出たんだけど……」
彼は困惑した様子で答えた。
この言葉が気にかかり、オリバーとシズクは顔を見合わせる。
「 それってまた…」
「まさか…なぁ?」
それから二人で“前に進もう”とした…が。
「……アレ?」
「また“反転”かいなっ!?」
二人共“入口に向かって”歩いてしまう。
彼らを見たナシウスが苦笑し、ある結論を言った。
「今度は前後左右の感覚が“反転”したね…これは厄介だよ。
上下感覚が狂ったまま、前に進む時は“後ろに戻る”つもりで一歩を踏み出さなきゃいけないんだ」
これを聞き、シズクが深いため息をつく。
「アカン…これでアイツら探さないかんのか……。
ボーグの兵士やら、賢者やらがおっても見つからん訳や…」
「で、でもこれだって慣れれば大丈夫だよ!
今の上下感覚だって、もう慣れてきたしね」
「せやなぁ…しゃーない、腹くくったるでえぇ!」
オリバーが諭すと、彼はヤケクソ気味に声を飛ばした。



この遺跡は、元々ババナシアに伝わるおとぎ話の舞台である神殿だった。
故に内外全て石造りで、所々に蛙や蛇を象った石像が置かれている。
また、入口を真っ直ぐ行った先に、前に立つ者を蛙に変えてしまう蛇の石像がある。
が、少し前ジャボーの手で復活した“蛇軍師”ファラージャがオリバー達に倒されたためか、今は機能していない。

「魔物達も随分混乱してるね…」

移動中、ふとオリバーが言った。
視線の先には…突然の異常に戸惑い、奇妙な踊りを見せる魔物達が点在している。

非常に珍妙な移動方法で、何とか内部を進むオリバー達。
状況が状況なので無闇な戦闘は避けようと、“隠れみの霧”という魔物から身を隠せる魔法を使い進んできた。
とは言え、本来ならこの魔法も必要ない。
オリバー達自身の強大な力を感知し、魔物達の方から逃げていくのだ。
しかし、魔物達も彼らと同じ異常を起こしていた。
それ故、逃走を図って逆にこちらへ突進してくる。
最初は彼らも驚かされ、かくして“隠れみの霧”を使うことに。

「何や…アイツらもえらい可哀想に見えるわ」
シズクも、渋い顔をして魔物達を見る。
「余所者を襲うことはあっても、此所で暮らしているだけだからな…とんだとばっちりだよ」
ナシウスも同じ方を見て言った。
「ねぇ、この遺跡を元に戻せないかな?」
二人に言うオリバー。
対するナシウスが、悩ましげな表情を浮かべた。
「うーん…遺跡のどっかに、この術を解く仕掛けがあれば良いけどね。
術者を止めない限り駄目な可能性もある…」
「そっか…」

「おい、奥の方に何かあるでっ!」

突然、シズクが立ち止まってこちらを振り替える。
探索する内に、遺跡内奥の広間に着いたらしい。
そして彼の指差す5m程先には、花を模した華美なハープが置かれていた。
彼らなら一目で分かる……マルが普段使っている物だ。
「アレは…マルのハープだよ!」
オリバーがそう言うと、彼含む3人はハープに駆け寄る。
それの周囲に立つと、上から眺めた。
「此処に置いてかれた時、マルが落としたんだろうね…」
「てことは、此処に居るのってマル!?」
「せやな、こりゃもう間違いないないでぇ」
三人で軽く話し合うと、今度はナシウスが次の道を示す。
「…あと見てない場所と言ったら、正面の門と牢屋行きの通路か」

広間の正面には巨大な門がある。
この先は、かつてオリバー達がファラージャと戦った、遺跡内最奥の部屋。
そして、この門を正面と見て右にあるのが、小さな牢屋に続く薄暗い通路だ。
本来何の目的で設置されたかは不明だが…オリバー達はその牢屋で、おとぎ話の主人公となった“カエル王子”を発見した。

「どっちに行こうかな…」
「門の方は、中の様子が全っ然見えんからな……通路はすぐ戻れるし、危険も少ないんとちゃう?」
「うん、そうだね!」
オリバーのシズクの話し合いで、通路に行く線が濃くなる。
「シズクの言う通りかな、僕も異論はない」
ナシウスもあっさり納得したので、一行は早々に狭い通路へ入った。



「っ……!何者だっ!?」
「うおぉっ!?
…ビビったわぁ、何や自分ら!」
牢屋前まで辿り着くと、その中に鎧を纏った4人の男達が居た。
彼らの内の一人が、オリバー達を見るやいきなり剣を突き付ける。
…が、その剣はかなり刃こぼれしており、殺傷力はほぼ無さそうだ。
「その鎧…アナタ達は、ボーグ帝国の兵士さんですよね?」
暗くてよく見えないが、4人の鎧は体躯より大柄に造られた、ボーグ軍特有の物。
最初にオリバーが気付き、そっと彼らに話しかける。
「君達は………もしや、陛下を救って下さったいつぞやの…!
そうです…自分らは陛下含む行方不明者捜索にかかる、ボーグ帝国軍の者…。
…申し訳ない、何卒ご無礼をお許し下さいっ!」
すると、剣を構える兵士もオリバー達に気付いたらしい。
他の兵士達と共に、深々とお辞儀する。
「あ、いや…仕方ないですよ、こんなに暗い場所ですから。
どうか気にしないで下さい……」
大袈裟な謝罪に困惑しつつオリバーが宥めると、彼らは安堵の息を漏らした。
「…それで、アナタ達は何故この牢屋の中に?
先程の剣も、見たところ使い物になりませんが……」
問うナシウスの口調に、日々国の守護を務める彼らへの敬意が表れている。
寿命の域を越え、老いることなく生きると、年齢の上下も気にならなくなるのだろうか。

「この上の広間にある巨大な門……あの中に、とんでもない“化け物”が潜んでいたのであります」

「えっ…!?」
「何やてぇ!?」
兵士の言葉で、落雷のような衝撃を受けるオリバー達。
しかし、彼は更に語り続けた。
「自分らは、賢者ソロン様と合同でこの遺跡内の捜索をしました。
ソロン様がいち早く此処の異変に気付かれたのであります。
そして、どうにかこの厄介な術に慣れ…ようやく此所まで足を進め、ソロン様の御令嬢様を発見致しました」
「じゃあ…マルはこの奥に居るんですね!?」
オリバーが興奮気味に問うや、厳しい表情を浮かべる兵士。
「…ですが、御令嬢様の前にあの化け物が現れ、手を出せぬ状態となった。
奴は測り知れぬ強さを誇り…ソロン様さえ苦戦を強いられて、我々はこのように戦えぬ状態…。
その中、ソロン様は自分らに一旦退けと仰いました。
最初、一介の兵士たる自分らは拒んだのでありますが…。
“アナタ達は国を守護するために生きねばならない、娘のことは私に任せて欲しい”
と諭され、不承不承ながら戦線離脱したのであります…」
語り終えると、その身が細かく震え始めた。
「……厚かましいのは充分に承知しております…。
どうか、ソロン様と御令嬢様をお救い下さいっ‼
情けないことに、自分らはソロン様の力になれぬのであります…!」
力不足への無念で、彼らの拳まで震える。
どれだけ悔しいことか、痛々しい程オリバー達に伝わった。
「…分かりました、後は僕達に任せて下さい。
ソロンさんも…僕達の仲間のマルも、絶対に助けます!」
「せや…そのために此所まで苦労したんやからなっ!」
勢いづくオリバーとシズク。
彼らから兵士達に目を移し、ナシウスは静かに頷いた。
「本当に、ありがとう……アナタ達のご健闘を、陰ながらお祈りするでありますっ!」
魔法で彼らの傷を癒やすと、オリバー達は広間の方向を向いた。
兵士達の敬礼に見送られ、広間に戻る。

「……これ、マルに渡さないとね」
微笑みつつ、ハープを拾うオリバー。
次に門を見上げると、他二人の方へ振り返った。

「じゃあ…行こう、皆」

かくして重い門を開く一行。
その先には…―――


「……?感覚が元に戻った…」
「おおっ、ホンマや!
やっとまともに動けるわぁ~…」
門を潜った途端、どういう訳か全ての感覚異常が治まった。
此処に居るらしい魔物のため、術者が意図して仕掛けたのだろう。

「うっ…ぐ、クソ……」
「ソロンさんっ!?」

中に広がるのは、更に円形の広間。
その手前の通路の手すりに、大柄な色黒の男性…ソロンが身をもたれさせていた。
オリバー達が慌てて近付くと、左腕を抑えて呻いているのが分かる。
その部位は赤みを帯びて、ほのかに煙を吐き震えていた。
更に、全身の所々で同じ症状が見られる。
「オ、オリバー…!?
……そして、そこに居るのは…まさか―――」
まずオリバーを見て、次はナシウスの姿に驚くソロン。
「…初めまして、賢者ソロンさん。
僕はナシウスと言って……少し説明に困るけど…簡単に言えば、ジャボーの心の一部が具現化した存在です」

ナシウスとソロンが対面するのは初のことだ。
世界を飛び回ることの多いナシウスだが、賢者や国王と直接会う機会はさほど無い。
そう言った地位の者とは…世界規模の罪を負うジャボーが、贖罪のために接することが多くなった。

「成る程…そうだったのか……。
…あまりに彼と似ていて驚いたよ…」
「まぁ、アイツの別人格みたいな者ですから」
それ故、ジャボーと勘違いされることがしばしばある。

「ところで…君達が何故此処に……?」
「勿論、マルを助けに来たんです!」
ソロンの問いに即答するオリバー。
次に、彼の火傷を見て続けた。
「ソロンさんのことも兵士さん達に頼まれて……この火傷、此処に居る魔物と戦って出来たんですよね?
今、僕が治しま―――」
「私のことなど良いっ…!」
“ヒールオール”のルーンを書きかけると、ソロンが叱声を発する。
「えっ…でも…!」
「な、何でやっ!?相当酷い火傷やぞ!」
「本当にすまないが…回復した所で、君達の力になれそうもない。
ならば君達の魔力…どうか“あの子”を止めるために使って欲しい。
そして……一刻も早くマルを解放してやってくれ…頼むからっ…!!」
「っ……ソロンさん…」
戸惑う一行に、彼は声を震わせ懇願した。
そんな中、ナシウスが冷静に疑問をぶつける。

「…“あの子”を“止める”……それはマルじゃなくて、此処に居る魔物のこと…でしょうか?」

「はぁ…!?何ゆーとんねんお前は…」
とんでもない推測に驚き、半ば呆れるシズク。
「……ああ、そうだ…」
「ほらな……て、ええぇっ!!?」
ソロン本人の肯定で、更に目を見開いた。
その理由も、彼の口から語られる。
「戦う中で分かった……あの魔物は、マルのイマージェンだと。
外見に面影は少なく、理性も一見皆無に見えるが…最奥の蛙像に乗ったマルを、庇いつつ戦っていたのだ…」
「そ、そんな…」
「………」
相当ショックを受けた様子のオリバー。
エビルナイトの件があってか、ナシウスも辛そうに沈黙する。
「証拠として、首にマルと同じ首輪がある…あんな姿になったのも、それが原因だろう……。
おそらく、操られた自覚も無いまま、訪れる者全てを敵とし払い続けている。
…マルを慕う一途な心を、あのルーフめに逆利用されたのだ。
その心だけ残され、自ずとこの遺跡の番人に変わった…と、私は思う」
ソロンが語り終え、少しの間があった。
それを終わらせたのは…。

「ピッピッピピッ、ピュロロ~ピ~」

鳥の囀ずり…にしては、やけに音程やリズムが複雑な鳴き声。
「何や…けったいな鳴き方の鳥がおるなぁ…」
「…まずい!“あの子”が君達の存在に気付いたんだ!」
「何やてえぇっ!?」
シズクが、再びソロンの言葉に驚く。
「二人とも……本当にお出でなすったようだよ」
円形の広間を見るナシウス。
「あっ……」
「うはぁっ…!?」
釣られて、オリバーとシズクも同方向へ顔を向ける。
そして…彼らは直後に絶句した。

黒スーツを纏い、胸元にはリボンやフリルという派手な装飾を施した指揮者風の少女姿。
しかし、1本に束ねた髪は白く、腰辺りから巨大な魚の尾…それも白骨化したものを生やす。
更にスーツはノースリーブで、両腕は白く短い羽毛に覆われており、その手には杖とも指揮棒とも見える棒が収まる。
そして…トランペットのベルと鍵盤の付いた顔から、感情を伺い知ることは不可能。
以上が、マルのイマージェン…セバであった魔物の姿だ。

「アレが……セバ…なの!?」
「なんぼなんでも…変わりすぎとちゃう!?」
やっとのことで声を出す、オリバーとシズク。
「…どっちかと言えばマルに似てるような……。
まぁいい、落ち着かせて首輪を外すよ…エビルッ!」
ナシウスが7歩ほどセバに近付き、エビルナイトを呼び出した。
「我が剣を要するのですね。
なれば存分に振ろうか……いざ、推して参る!」
現れて早々、大剣を構えるエビルナイト。
「しゃーない…やるっきゃないで、オリバー!」
「そうだね…セバだって、早く助けなきゃ!」
ハープを石床に起き、オリバーも杖を構えた。
その目でセバを射貫きつつ、ソロンに一言こう告げる。
「ソロンさん、後のことは…僕らは任せて!」
こうして、オリバーとシズクもセバに近付く。
「…ああ……娘達を頼んだ…!」
ソロンの横目に映るは、少年の小さな背中。
しかし…不思議と、誰のものより頼もしかった。



「ピィリリリリリリ!」
危険信号のような鳴き声を発し、指揮棒を振るセバ。
掴み所の無い動きをさせ、その先端をオリバー達に向ける。
「……!」
彼らが警戒する瞬間、そこから5本の光線が飛び出した。
「うわっ……え?」
オリバーが避けきれずに当たってしまった…が、光自体は無害らしい。
彼は全くの無傷である。
しかしその直後……。
「オリバー、危ないっ!!」
真っ先に異変に気付いたナシウス。
「えっ……うん!」
大抵の者なら、訳が分からず戸惑ってしまうだろう。
しかし、オリバーは少年ながら激戦を重ねてきた。
とにかく危険なのだと判断し、すぐ従って光線から離れる。

直後、光線を伝って複数の電気球が流れた。

石床に接触すると同時に、それらは落雷のごとき轟音を出して弾ける。
球は欠片となり、周囲に飛散して刹那に消えた。
「のわあぁっ!?」
そして、今度はシズクに脅威が迫る。
彼が偶然居た、光線の根元付近…そこは球が弾ける部分なので、飛散した欠片の密度が最も大きい。
「か、雷は苦手やねぇん!…せぇいっ!!」
掛け声と共に、シズクが瞬間移動した。

「ふぅ~……危なかったわぁ…」
「良かった…流石に駄目かと思ったよ」
移動先は、ナシウスの足元。
無傷の彼に安堵するナシウスが、今度は驚きの表情を見せた。
「君、ジャボーみたいなこと出来るんだな……心の具合も見えるし」
「いわゆる妖精パワーっちゅーやっちゃ。
…しかし、その発想はあらへんかったわ…。
言っとくが……タマタマのグーゼンやからな?」
こんな評価を受ける彼は半ば誇らしく、半ば困惑といった様子。

これまで、シズクは“ヌケガラビト”の心を見て、失った“心のカケラ”を特定したりした。
探索中オリバー達と離れた時も、“瞬間移動”で追い付いた。
それは、確かにジャボーの“読心”や“瞬間移動”と似ている。
しかし…一体誰が、“妖精”と“漆黒の魔導士”を結び付けるだろうか。
ジャボーと近しい、ナシウスならではの発想と言えよう。

「ねぇ、ナシウス…どうして、あの光線が危険だって分かったの?」
オリバーも、一旦ナシウスの元へ駆け寄る。
「ほんの一瞬、光線に電気が走ってるのが見えたんだ。
…おそらく、ソロンさんの火傷もあの攻撃によるものだね」
ナシウスは、セバの様子を伺いつつ説明した。
そして、他三人に一つの指示を下す。
「とにかく、指揮棒が指す所から離れよう…アレに当たれば、電撃を食らったも同然だ」
光線が出てから、電気球が来るまでの早さはまさに一瞬。
先刻は、ナシウスの忠告あって避けられたが…この速度の電気球を、毎回避けるのは難しい。
だが、光線は指揮棒の先端から出るため、指揮棒からその方向を予測するのは容易である。

「ピューピッピッピロロロ~」
またも、セバが指揮棒で彼らを指す。
全員その場から離れる…が、エビルナイトは更なる行動を始めていた。
セバの死角へ回り込み、大剣を構えて特攻する。
彼女がそれに気付き、慌てて光線の向きを変えんとした。
「遅い」
間に合わず…巨大な刃が、その背を斬り裂く。
「ピギィッ…!」
痛みに怯み、膝をつくセバ。
集中力が切れたか、光線も同時に消えた。
「エビル…」
エビルナイトの行為は、戦術として非常に良いもの。
しかし、背中を赤く染めたセバを見ると…やはり辛い。
「剣技を主とする私なら、死角から攻めるも容易い…。
アナタ達が手を出せぬ内は、私が隙を狙いましょう」
そんな主達の心境を読んでか、淡々とした説明の後、彼はこう付け足す。
「…仲間を傷付ける、それで胸が痛まぬ訳では無い。
ですが…私の時と異なり、此奴には主への想いがある。
だから本気の戦いに身を投じた…なればこそ、こちらも本気を見せるべきだと思うのです。
それが…今此奴に払える、唯一の敬意ではないかと…」
「ピュウ…ギギッ……」
セバが、よろめいて立ち上がり始めた。
それを見るや、彼女から離れるエビルナイト。

「我々がかけるべき情けは…“意志と生命の尊重”。
それに限ると考えました」
そう言って、再び大剣を構えた。

「……そっか…ありがとう、エビル。
これでやっと…踏ん切りが付けられそうだ」
暴走したエビルナイトの件で、本来仲間である者との戦闘もやむを得ない…と、充分理解したつもりでいた。
オリバーにも、それを理解させようとした。
…だが、これだけでは感情を押し殺せない。
ナシウスにとって、エビルナイトの迷いなき助言はありがたかった。
「じゃあ…こっちも行こうか!」
気持ちを新たに、蒼炎の塊を上空へ打ち上げる。
それは空中で弾け、雨粒となってセバの頭上に降り注いだ。
「ギュッ…ピ……」
これで、セバの動きが大幅に妨げられる。

「よー分からんが、半端な情けは要らんっちゅーことやな!」
「そう、だよね……。
このままじゃ、セバはずっと救われないんだ…ルッチ!」
シズクと共に、オリバーも決意を固めた。
そして、自身のイマージェンであるルッチを呼び出す。
「ようやく俺の出番かい?
今か今かと待ちわびてたんだからなっ!」
籠から現れたのは…どこかオリバーに似た、剣士風のイマージェン。
彼が、今はガルッチに進化したルッチである。
その口調から、相当な自信が伺えた。
「セバが光線を出すとき、僕達は手を出せないから―――」
「エビルナイトの援護、だな?
大丈夫大丈夫…籠ん中から見てたし、全っ部分かるって!」
「…うん、頼んだよ!」
主であるオリバーが、ルッチのペースに飲まれてしまう。
ルッチが自信家で強気ゆえ、こんなことはしょっちゅう起きる。
そして、ルッチは早速剣を構えた。

「お前に此奴を斬れるのか…?」
疑問を投げかけるエビルナイト。
口調は冷淡だが、彼なりにルッチを案じているのだ。
しかし…。
「さあねぇ?あとで謝んなきゃとは思ってるよ」
当のルッチは、それを軽く受け流す。
「戯けたことを…」
少し呆れた様子で、エビルナイトが呟いた。
「…俺は何もふざけてねーぜ。
これでもなぁ、今の状況に腸煮え滾ってんだ」
それを耳で拾ったルッチが、一変して真剣な口調で返す。
「……なれば良し」
これには、エビルナイトも納得した。

「ピギュッ……ピロッピピィイッ!!」
炎雨の中、セバは怒りを鳴き声に表す。
そして指揮棒から光線を出す…が、今度は三方向に分岐していた。
1本は正面、残り2本は彼女を挟んでその背後辺りに伸びている。
これにより、光線を避けつつ死角を突くのは困難に。
一行がそれらを避けたは良いものの、剣士達は動きを封じられた。
おまけに、鳴き声のリズムや音階に合わせ、電気球が流される。
「やってくれるな…だが―――」
彼らは盾を構え、やや強引に通り抜けた。
「くっ……我らの盾は…魔にも耐えるっ!」
「ちいぃっと…痛えけどなあぁっ!」
二人が持つ盾の物理耐性は勿論…魔法耐性も不足がない。
ただし、完璧に防げる訳ではないのだが。
そして…。
「ッ……ピイイィッ!!」
セバの身体を、2つの刃が斬り裂いた。
更に弱った彼女は、力なくその場に崩れる。
「…私も…無謀な真似を……したもの、だ…」
「オリバー、魔法…出すなら、今の…内だ……ぜ」
連鎖するように、エビルナイトとルッチも崩れた。
少量とは言え電撃を受け、運悪く麻痺したらしい。
「ルッチ…エビルナイト……!」
二人を大いに案じるオリバー。
「分かった……僕がやる!」
しかし、彼らが作ってくれたチャンスを無断に出来ない。
オリバーは、光魔法“グラディオン”のルーンを描き始める。
その強大な光が、セバを救うことを願って―――

「ピギィアーーーーーーーーーーッッ!!!!」

しかしその魔法は中断される。
最後の抵抗だろう…セバが腹の底から声を響かせ、この場の空気を振動させた。
「んなっ…!!」
「ひいぃ、やかましいわあぁっ!!」
鼓膜を破壊せんばかりの絶叫に、全員が顔を歪める。
この直後、激しい吹雪が発生した。
一瞬にして広間を白く染め、オリバー達の体力を削り取っていく。
「ぐっ…うぅっ……」
立つのがやっとな状態で、最早周囲の確認すら出来ない。
その中、オリバーは吹雪に抗い、再びルーンを描こうと試みる。
幸い、自らが持つ杖の先なら見られそうだ。
が…強風により、腕にかなりの圧力がかかった。
「負けるっ……訳に…行かないんだぁ…!!」
それにも抗い、何とかルーンを描く彼。
腕にかなりの力を込め、歪な線だが描き切ってみせた。
これで魔法が発動し、眩い光が真っ直ぐセバに向かい飛んでいく。
やがて、光はある地点で弾け消えた。
「ピギャアアァァ……」
セバに見事当たったのだ。
遂に彼女は気を失い、同時に吹雪も止む。



「や、やったんか……?」
「おそらく…」
シズクとナシウスが、よろめきながらセバに近付く。
気絶したことに間違いはない…が、まだ姿は戻っていない。
「姿がそのまま…?何故なんだ……」
首を傾げるナシウス。
「ふぅ~……」
その時、疲労にまみれたオリバーのため息が聞こえた。
エビルナイトとルッチも、麻痺が治ったようで、ゆっくりと立ち上がる。
彼らからも、当然強い疲労が伺えた。
「…お前ら、ようやったわ」
彼らを労うように、シズクが笑って言う。
「そうだな…皆お疲れ様」
ナシウスも、ひとまず安心して微笑んだ。
同時に、まず自分達やソロンの傷を癒やさねば、と考えた。

「ありがとう…君達には感謝もしきれない」
「いえ…貴方こそ、娘達のために奮闘したんでしょう?
その意志だけでも立派なものだと思いますよ」
仲間や自分、そしてセバの傷を癒やし、最後にソロンを癒やすナシウス。
その時、静かな感謝の言葉を貰う。
だが…ソロンも娘達を救うため、命懸けで戦った。
それは讃えるべき行為だと、彼は素直に感じる。
「おし、これで全員大丈夫やな。
ほんでナシウス、ぼちぼちセバの心癒したったらどや?」
背中にシズクの声を受けた。
反射的に振り向き、うつ伏せのまま微動だにしないセバに目を移す。
「うん、その前に…ちょっと心を診させて」
次に、セバのすぐ側まで近付く。
それから、しゃがんで彼女を仰向けにした後、胸部へ手を翳す。
この後は無言でそこを見つめた。
これが“心を診ている”状態なのは、周囲の者にも何となく伝わる。
そのためか、この間だけ広間に静寂が訪れた。
「成る程な……」
割と早く終わるらしい…ものの数秒で、伸ばした手を引っ込めるナシウス。
一言呟くと、今度は周囲に聞かせるように言った。
「…今の状態じゃ、この子の心は癒やせない。
心を癒やすには…相手側の受け入れが肝心なんだ。
だけど今のセバは、周り全てを敵と見なしてるから…確実に拒絶されて、成り立たなくなる」
これを聞き、他の者達が眉を潜める。
「そんな…じゃあ、一体どうすれば……」
「せや…どうにか出来へんのか!?」
シズクの質問に、少し考えた後彼は返答した。
「エビルの場合、強制的に元ある自我を引き出した。
普段のエビルにとって、印象深い言葉をぶつけてね。
…でも、アレは僕が主だから成功したんだ。
“言葉”となれば、他人が言っても効果は無いと思う。
だから、そうだな…この子にとって、何でも良いから印象深い“物”を見せたらどうかな」
「印象深い“物”って、んなモンどこに……あ、あったわ!」
怪訝そうに辺りを見回すシズク。
この目にある“物”が留まり、彼は跳ねながらそれを指差す。
「 見てみぃ、戦う前に置いたハープや!
アレを使えばイケるかもしれんっ!」
オリバーが拾い、戦闘前ソロンの側に置いたハープ。
セバの主であるマルが使う“物”なので、確かに効果はありそうだ。
「これだね!」
オリバーがそれを取りに行き、再び拾ってセバに近寄る。
「…でも、これをどうすれば良いんだろ?」
しかし、この後の行動に迷った様子。

「決まっとるやん…ソイツを弾くんや」

「えっ…僕が!?」
すかさず入ったシズクの助言に戸惑う。
「せや。楽器で印象に残るっちゅーたら、そら“音”がいっちゃんやろ。
とにかくソイツの“音”を聴かせたれ」
「だけど…僕、ハープなんて弾けないよ?
そもそも楽器自体あんまり……」
学校の授業以外で、彼が楽器に触れることはほぼ無い。
その上、教科における音楽は…お世辞にも得意とは言えなかった。
「けど、学校で多少楽器に触れとるやん?
俺達はそれ以上に楽器慣れしとらんぞ。
…こん中で、まともに楽器使える奴が居ると思うか?」
「……ソ、ソロンさんは…?」
「マルの楽器好きは、私譲りじゃないんだ…すまない……」
「……………」
唯一の希望を断たれ、沈黙するオリバー。
シズクが、肩に置く素振りで彼の膝下に手を置き、慰めた。
「何も、マルほど上手く弾けとは言わん。
“音”を聴かせんのが目的やからな。
出来れば綺麗な音色のが効果あるんやろが…ま、その辺はしゃーない。
適当でええんやで、適当」
「…分かったよ、しょうがないなぁ……」
ふて腐れた様子で、オリバーはハープの弦に指を置く。
弦ごとの音階や弾くコツなど知らないので、弦を絡めた指を強く引く。
「こう…かな?」
更に、何本もの弦を5本の指で絡め引っ張る。
それで少し慣れたか、徐々に音を繋げていった。

しかし、その音色は……。

「ア、アレッ…?
何やコレ、ハープってこんな音出るんか!?」
「……」
シズクが戸惑い、ソロンは僅かに顔を歪めた。

今この空間は、ハープの美しい音色……ではなく、弦が切れそうなほど張って乾いた音、でたらめに組合わさった繋がりの無い音色…それらが生み出す不協和音で満たされた。
「適当っちゅーたが……コイツは…酷い、酷すぎる…!」
呻きに近い声を出し、思わず耳を塞ぐシズク。
「慣れないなりに…懸命に頑張ってくれてるんだ…」
一方ソロンは、オリバーに失礼と思ったか必死に耐えた。
この言葉は、自分自身に言い聞かせているらしい。

しかし、残る3人は…。

「…うん、全然下手じゃない!
むしろ、個性が溢れてて凄く良いと思うよ!」
心底気に入り、賞賛するナシウス。
「ええ…これには私も惹かれます……」
しみじみと聞き入るエビルナイト。
「音楽とか全っ然分かんねーけど、俺はこっちも好きだぜ」
マルの演奏とは違う魅力を見出だすルッチ。
3人とも好んで聴いていた。

「っ………!!?」
彼らの反応を見て、愕然とするシズク。
文字通り開いた口が塞がらない。
「……お、お前ら…聴覚トチ狂っとるんかぁっ!?」
あまりの衝撃で、得意の突っ込みが著しく遅れた。
そんなシズクを、3人が不思議そうに見る。
「だって…ハープは音自体綺麗だから、ちょっとリズムや音が乱れても気にならないよ?」
加えてナシウスのこの言葉。
今流れる不協和音の乱れを、“ちょっと”と評したのだ。
流石に呆れ果て…シズクはあることを思い出す。
「…せやった……元を辿ればコイツら…」

オリバーは、元々ジャボーと魂を共有していた。
ルッチもそんな彼の心から生まれたイマージェン。
ジャボー自身の心からはエビルナイトが生まれ、ナシウスに至っては彼の心の一部だ。
つまり…彼らの美的感覚はジャボーと類似している。
彼の魔法で改装されたナナシ城も、外観から内部に至るまで奇怪な形状や色合いを取っていた。
そして…美術面や音楽面に関し、理解に苦しむ感覚を持つようになったのだろう。

「それに、結構効いてるみたいだし」
そんなことを考えたシズクに、ナシウスが更に話す。
彼は、同時にセバを指差していた。
「…何やて?」
セバの方を見るシズク。
「ピギャアッ…ピッピギィ……ピイイィッ!!」
気絶した彼女は、不協和音に起こされ悶絶していた。
「ありゃ…音の酷さに苦しんどるんとちゃう?」
彼は苦笑しながら言った。
「いや、そんなことないって… さっきまた診たから。
エビルと同じさ……激しい敵意と、自我の衝突で苦しんでる」
「何…やとっ……!?」
再びシズクは度肝を抜かれる。
「マルのハープやったら…何でもええん、か…!?」
信じられない、といった様子だ。

そう…今のセバには、演奏の巧拙など関係ない。
主を彷彿とさせる“音”の連鎖は、確実に彼女の自我を掘り起こしていた。

「オリバー、あともう少しだよ!」
「う、うん!」
ナシウスが励ますと、オリバーも応じた。
そして、一層張り切り不協和音を響かせる。
「うぐっ…こ、これも……セバの、ため…」
耳を塞ぐ手を、更に力強くするシズク。
ナシウスは彼を見る…が、いまいちその心境を理解出来ない。
しかし言葉は汲み取れた。
「そうさ…セバにとって、これは自我と敵意の戦い。
オリバーの奏でる“音”が、自我を引き出すのは間違いないんだ」
この不協和音が止むのは、そう遠くない出来事であった。



「うぅ…ん…」

「お、起きたで!」
目覚めたセバの耳に、まずシズクの声が入る。
「おう、まだどっか痛むか?
そんなら俺らがぶった斬ったせいだ、すまん」
今度は、飄々としたルッチの声。
何故か、自分に謝罪の言葉を述べてきた。
特にこれと言った苦痛はないが…。
「謝罪ぐらい真剣にやればどうだ…」
「ん~?俺は何もふざけちゃいねぇぜ」
「…まぁ良い…もし痛む箇所があるなら、誠に申し訳ない。
お前を連れ戻すには、手荒だがこうする他なかった」
ルッチと話した後、こちらに謝罪するエビルナイトの声。
次々に変わる声を聞く内、意識と視界が鮮明化してきた。
そして、驚きがじわじわと沸き上がり…。

「ふぇっっ!?」

突然素っ頓狂な声を出し、勢いよく上半身を持ち上げる。
「えっと…マルが急に襲われて、パパとボクも一緒に戦って…でも負けて、此処に連れて来られて……その後、どうしたんだっけっ!?」
早口で記憶を呼び起こし、目を見開いて周囲を見回すと…これまた目を丸くしたオリバー、シズク、エビルナイト、そしてジャボー…に似た青年が自分を囲っていた。
一歩引き、ソロンも立ってこちらを見ている。

彼女の言う“パパ”は彼を差す。
マルと共に過ごしてきたので、彼を父親のように慕っており、また彼もセバを娘のように想っている。

それにしても、今の状況が全く理解出来ない。
酷く頭が混乱ている。

「どうなってるのさコレェッ!?」

セバは叫ぶしかなかった。



「……成る程、ボクはアイツに利用されてたんだ。
そりゃあますます許せないよ!
あ、あと…こっちこそ傷付けてごめんなさい…。
皆やパパに攻撃してたなんて……」
オリバー達がセバに説明したことは、山ほどある。
何が起きたかは勿論、ナシウスのことまで理解させた。
こうして話を終えると、今度は彼女が謝罪する。
やはり、仲間や肉親のような存在を傷付けた罪悪感は大きい。
「いや、気にしなくて大丈夫…これだけはしょうがないよ」
優しく笑いかけるオリバー。
更に彼は続けた。
「それに…君はマルを護るために戦ってたんだ。
あんな状態になってまで…」
「…現に、その時の君はマルに似てた。
その理由、今分かった気がする」
言葉をナシウスが引き継ぐ。
「…え?」
彼が出した話題で、目が点になるセバ。
「おそらく、マルへの想いだけ残されたからだ。
一途に想っているから、外見にまで表れた。
…これだけで、君の気持ちは分かるから……」
「っ……」
しかし、また優しい笑顔を見せられ動揺する。
極めつけにソロンも言葉をかけた。
「私にとって…お前も娘のようなものだ。
…親には、子供の無事が何よりの幸せだよ」
「ふぁっ…うぅ…パパァ~……」
彼の笑顔を見た時、とうとう泣き出してしまう。
ほんの少しの間だが、広間全体が暖かい空気に包まれた。

「……さて、もう一人の娘はんも助けたろか!」
ややあって、シズクが笑いながら言う。
「そうだね…大丈夫、今度はすぐ助けられる」
同じく笑って返すナシウス。

セバの場合、操られたのでまず自我を引き出したが…兵士達やソロンの話からして、マルは操られてない。
故に、“ハートフルメディ”への拒絶もしない筈。

「ようやくマルを起こせるよ…」
ナシウスが言うと、全員がマルを乗せた蛙像に近付いた。
彼はマルの胸部に手を翳し、念のため心を診る。
拒絶の可能性が無いのを確認すると、翳した手のひらから淡い光を出す。
眩しい訳でもなく、淡い故の暖かみを感じられ…見るだけで気持ちが安らぐ光だった。
尚、この作業にかかる時間は大体数十秒。
酷く傷付いている場合は数分、と言ったところだ。




「うっ…うぅ~ん……」

蛙像の上で眠るマルが、ゆっくりと起き上がった。
長いこと気絶したのだろう、非常に眠そうだ。

「マル…!やった、マルも起きたぁっ!」
「うわっ!?…セ、セバ…?」
彼女の声を聞くや、セバが勢い良く抱き付く。
何事かと驚くマルに、セバが涙声で話した。
「あのねっ…マルが起きないからっ、皆頑張ったんだよぉ!
兵隊さんとっ、パパとっ…オリバー達がぁ!
大変な思いしてぇ、ボクがそんな思いさせちゃってぇ…それからっ…!」
「えっ、兵隊さん?パパとオリバー達?
とりあえず落ち着いてよ、セバ」
戸惑いながら宥めるマル。
「とにかくっ、皆がマルを一生懸命助けたんだよおぉ!!」
「皆が…私を……それって…!」
セバが叫ぶと、マルも何か気付いた。
「まぁま、お前も落ち着いたれ…改めて説明したる」
足下から、シズクの声が聞こえる。
「シズク!?…ってことは……」
「うん、僕らも居るよ」
オリバーの声が、前方から聞こえた。
思わず、セバを見て俯き加減だった頭を上げると…そこには仲間達と、父の姿があった。
「皆……パパ…」
目を丸くしたマルと、微笑むソロンの視線が重なる。
「待ってたぞ……マル。
その子の言ったことは本当だ…皆、お前のために頑張ってくれたんだよ」



「…そうだったんだ……本当にありがとう、皆…パパ」
泣き笑いのような表情のマル。
オリバー達から説明を受け、皆に助けられ今に至ると知ったのだ。
「……それで、まだ私と同じ目に合ってるんだよね。
ジャイロとラース、そしてレイナスは…。
ジャボーだって…無事って訳じゃないんでしょ?」
そして、他に苦しむ仲間達がいることも。
ジャボーのことも、ナシウスとエビルナイトが居る理由を聞く中知った。
「他の3人は、君と同じように助けられるけど…ジャボーに関しては難しいんだ。
アイツが城ごとルーフを閉じ込めてるから、外から誰も入れない……昨夜に見て分かったよ。
つまり、どうしてもジャボーは最後になる…なってしまうんだ。
助けられるのは…アイツが倒れてからさ……」
説明するナシウスは、淡々と語ることを心がけた。
心がけはしたが…語ること自体が苦痛である。
故に、彼の心情が全員に伝わってしまった。
「じゃあさ、早くジャイロ達を助けよ?
私も手伝うから……それなら、ジャボーの所にも早く行ってあげられるよ」
当然、そこにはマルも含まれる。
「…えっ……君が…?」
「うんっ!」
これまで、ほぼ励ます立場だったナシウス。
しかし、今度は明るい笑顔に励まされた。
「セバ、一緒に来てもらっても良い?」
「勿論だよっ!
マルや皆と一緒で、凄く嬉しい!」
彼女がセバに頼むと、セバも元気良く返事した。
「…行ってもいいかな、パパ?」
次は、ソロンに確認を取る。

今回の戦いは、とてつもなく危険なのだが…それは、一度ルーフと戦った彼女も実感していた。
それでも、苦しむ仲間達を放ってはおけない。

「…ああ、好きなようにやってみなさい。
ただし……無事に帰って来るんだぞ」
ソロンも、娘を案じていないのではなく…ただ、その意志を大切にしてあげたかった。
それに―――

「ありがとうパパ!
…心配しないでよ、だって皆が一緒なんだから!」

「……そうだな…」
父の思うことは、娘と一致している。
何より…周りを照らすこの笑顔には、勝てそうもない。

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~END~












ついでにおまけ。((ぅえ



可愛い女の子かと思ったか?


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残念、私だ。

【二ノ国小説】part7「真夜中の暗躍者二名」 【※ks&グロ注意】

皆さんこんばんちは(*・ω・)ノ

色々あってもう卒業間近です。
あと数日でこちらは卒業式となりますが…えっらい緊張する(´・ω・`)
閲覧者の中に学生の方がいらっしゃったら、お互い悔いのない様過ごしましょうね(゚∀゚)

暴走するエビルナイトを解放し、旅の仲間に加えたナシウス。
そんな彼は、“首輪の外し方が分かったかもしれない”と言い出すが…。

では今回も…ゆっくりしていってね
───────────────────────

二ノ国 magical another world

天地照光~金煌なる光の鳳凰~





「まず、操られたエビルにあの首輪が付いていた。
その後、僕がエビルの心を診てみたら、かなり崩壊していた…」

本題の前置きとして、これまでの首輪に関する出来事を語るナシウス。
マル達を救えるかもしない、ということでオリバーら三人は静かに頷き、真剣に彼の話を聞いていた。
「一方二ノ国では、ボーグの兄弟がルーフと戦う最中、突然倒れた。
そして、二人の首には例の首輪があった……これらの点から推測出来ることが、いくつかあるよ」
「何や…何や!?」
シズクが思わず身を乗り出す。
一刻も早く先を聞きたくなり、催促したのだ。
「エビルの首輪は、おそらく“心の回復”が原因で外れたんだ。
先に傷を癒したけど、それでも外れなかったし」
それもあってか、ナシウスは早く話を進める。
「…逆に言うと、ボーグの兄弟が倒れた原因は“心の崩壊”だったんじゃないかと思う」
「……!」
“心の崩壊”という言葉で、目を見開く他三人。
「それじゃあ、シェリーの病気って…」
オリバーが思い出した様に言った。
何か異様だと感じたが、マルに原因があるのはほぼ間違いない。
「マルと魂を共有する子の名前だね…。
多分…マルが“心の崩壊”を起こしたことで、その子の心にも少なからず影響が及んでいる。
一応、その子の心も癒せるけど……原因のマルをどうにかしないと、すぐ再発するよ」
「そっか…」
「言い方を変えれば…首輪を外す条件が“心の回復”なのは、ほぼ確実ってことさ。
それなら、僕の力で助けられる」
憂いを帯びる彼の表情を見て、ナシウスは慌てて付け足す。
するとその顔は瞬時に晴れた。
それから急に表情を引き締め、直線の眼差しをナシウスに飛ばす。
「……こうして事情を知ると、やっぱり大人しくなんてしてられない」
案の定、二ノ国へ行きたい様子のオリバー。
「オリバー…」
彼の瞳を見つめ、ナシウスは眉をひそめた。
オリバーもこの反応は覚悟していたようで、一切視線を逸らさない。
「“粛清”された皆は必死に戦った。
その皆を、二ノ国の人達が一生懸命探してるのに……僕だけ此処で何もしないなんて」
母による教育の賜物か、オリバーはお人好しなまでに心優しい。
仲間の危機を知り、大人しくする筈もなかった。
ナシウスが恐れるのはそれだったのだが…。
「…確かに、事情も話さないのは過保護だったよ。
でも、君を二ノ国へ連れてく訳にいかない。
それだけは絶対……ジャボーに託されたんだ、君のことを…」
これだけはどうしても譲れない。
ジャボーの代わりに、オリバーを守ると決めたのだ。
「それに、君には本来の“居場所”がある。
ようやく取り戻した“日常”もある筈だ。
君自身が努力して、苦労の末やっとのことで掴んだ平穏を…何故、簡単に手放そうとする?」

そして、守りたいのは彼自身だけではなかった。

「それは…此処の皆も大事だけど……」
ナシウスの問いで、オリバーの顔に困惑の色が出る。
否定も出来ない言葉の連続は、酷く彼を惑わせた。
容赦ない言葉から察するに、本気で諦めさせるつもりだ。
故に、ナシウスは更なる言葉をぶつける。
「君にはもっと“居場所”を重んじて欲しい。
自分の選択一つで、あっという間に“居場所”が消えることだってあるんだから…」
「ナシウス…それって……」
その言葉から、彼自身の過去が薫った。
「とにかく、君にそんな思いをさせたくない。
……させてたまるか」

「ナシウス様…」
「…こりゃ、流石のシズク様も口挟めんわ」
二人の間に、エビルナイトやシズクが入る余地はない。
エビルナイトは深刻な表情を浮かべ、シズクはお手上げという様子で彼らの会話を聞いていた。
否、そうするより他がないのだ。
それだけ、今の空気は張り詰めている。

「…違う、違うよナシウス」

空気の流れを、またもオリバーが断つ。
「……?」
突然の否定に対し、怪訝な顔のナシウス。
一方オリバーの瞳には、強い光が蘇っていた。
「君の言う通り、ホットロイトが“僕の居場所”だと思うし…此処には平和な“日常”もある。
……でも、それはこの町だけじゃないんだ」
ナシウスの言うことは確かに正しい。
正しいのだが…彼自身が思い違いをしている。
二ノ国の皆だって、この町の皆と同じくらい大事なんだ。
だから…二ノ国も“僕の居場所”だと思う。
“ホットロイト”と”二ノ国”、両方合わさって“僕の居場所”になるんだよ」

純粋な少年の、率直で澄んだ主張。
それは、この場に再び静寂をもたらした。

「オリバー……よー言っとくれた…。
二ノ国”に案内した身として、俺は嬉しいでえぇ…!」
短い静寂の後で、シズクが嬉し涙を拭う。
突如涙ぐむ姿に、エビルナイトは僅かな驚きの気色を表す。
彼には認知しかねる話だが…ジャボーの呪いが解けたシズクは、“限りなく透き通った心”を持つオリバーに救いを求めた。
この時、母が死んで間もない上13年間“一ノ国”で育ったオリバーは、当然“そんな世界のこと知らない”と言い拒んでいた。
しかしそのオリバーが今、“二ノ国”を“居場所”と言ってくれている。
ここまでの過程を終始見たシズクには、静かで深い喜びをもたらす言葉だ。
「…そっか、成る程……。
それが君の意志なんだ…」
一方…恐ろしく穏やかな口調と笑顔のナシウス。
ようやく納得したらしい。


「そうだね、なら僕と君で戦ってみようか……」
───否、最後の手段に出たのだ。


「……え?」
瞬時に冷えた口調と笑顔。
オリバーは呆然とする他なかった。
「ナ…ナシウス様…!?」
「…何っでそーなるっっ!!?」
外野のシズクとエビルナイトも、納得していない。
「どっちの意志も譲れないなら…戦勝者の意志を尊重すれば良い。
…さぁ、君の杖を構えてみな。
今や陽も完全に落ちた……また外で戦おうじゃないか」
ナシウスの強い眼光からして、ほぼ確実に実行しそうだ。
「ちょっと待ってよ!
僕と君が戦うなんて、そんなことする必要は…!」
「いいや、それぐらい僕は本気なんだ。
君の意志を貫きたいなら、僕を打ち破ってみてよ」
慌てふためくオリバーの言葉を断つ彼。
オリバーは戸惑う様子で、ソファーの左斜め前の椅子に置いたバルゼノンを見る。

自分の意志を貫くため、ナシウスを倒すか。
ナシウスの意志を汲み取り、彼らに任せるか。
二つの選択肢が秤に掛けられ、少年の心が右往左往し始めた。
そうしてようやく導かれた、少年の答えは…。
「無理だよ、君と戦うなんて…できない……。
ここまでして、僕のことを守ろうとしてる君を傷付けるなんて…!」
「…ということは、つまり───」
「だけど、ここで諦める気もない!」
「っ…!?」
自己内で結論づけるナシウス。
その結論すらオリバーに否定された。

選択肢に戸惑う内、少年はある一つの考えに達していた。
そもそも、この“選択肢”自体ナシウスが与えたものに過ぎないではないか。
なら、自分の思考を彼一人の“選択肢”に当てはめる義務もない筈。
こうして出たのが、“選択肢”外の答えである。

「成る程、“選択肢に従わない”って選択をしたか。
まさしく“君自身の答え”だね」
これはしてやられた、と言わんばかりに笑うナシウス。
一見ただの我がままとも取れるオリバーの答えだが、要は“ナシウスと戦わずに二ノ国へ行きたい”ということなので、何も矛盾していない。
「……分かった、君の意志を尊重しよう。
大体、君を“守る”ために君と“戦う”って何か違う気がするし」
「何や、えらくあっさりしとんな。
本気やなかったんか?」
溜め息混じりに言う彼に、早速シズクが突っ込みを入れる。
するとナシウスは打って変わり、普段と変わらぬ様子で話した。
「“半分本気で半分冗談”…と言っとくよ。
もしオリバーが僕と戦う道を選んだら、戦っても最終的には二ノ国へ行かせる気でいた」
「はぁっ!?ほんならさっきまでの押し問答は何やったん!?」
更なる突っ込みにも、彼は平然と答える。
「だから、途中までは本気だったんだよ。
でも、オリバーがこの町と二ノ国をひっくるめて“自分の居場所”って言ったし…。
そこからちょっとオリバーを試したくなった。
それは理不尽な状況でも折れない意志か……僕と暴走したエビルの時のような、厳しく過酷な戦いに身を投じる“覚悟”があるか、てことをね。
つまり“半分本気で半分冗談”だったのさ」

「そ…そうだったんだ……」
「むむむ…言葉で問うより有効てか?
にしても何ちゅー心臓に悪いこっちゃ…」
「誠に息の延ぶことです…」
ナシウス以外の三人が、一斉に胸をなで下ろした。
「…ということは、このオリバーも連れて行くのですね?」
その中、エビルナイトが改めて確認を取る。
そこに、ナシウスはしっかりとした笑顔で応える。
「ああ…オリバーの意志や覚悟は充分伝わったから。
それに、同行しながらでも…戦いながらでも、僕と君で彼を守ることはできる」
「オイ…いっちゃんの重役を忘れとんぞ?」
不満げに頬を膨らませるシズク。
「ごめん、君だって立派な参謀だよね」
「…いや、そこまで仰々しいモンでもあらへんで?」
苦笑するナシウスの言葉に、シズクも苦笑で返した。

「ありがとう、ナシウス」
オリバーが、ナシウスに微笑みかけて話し出す。
「僕は、ちゃんと自分のことも考えて戦うから大丈夫。
…それに、“居場所”を守りたいから、僕も戦うんだ」
そして、思い出すように言葉を付け足した。
「…あっ、出かける前に色々準備があるから、ちょっと待ってて!」
言い終えた途端、リビングの端にある固定電話の前まで駆ける。
次に電話番号を入力すると、受話器を手に取った。
「もしもし、オリバーです…こんばんは。
すみませんが、マークはいますか?
…………はい、ありがとうございます!
……マーク、こんばんは。
こんな時間にごめん、明日の学校のことなんだけどさ………」
どうやら、電話の相手はマークらしい。
明日の通学は不可能なので、予め欠席することを知らせている。

二ノ国へ行く上で、通学は諦めなければならないのが常。
しかし、後日自分が休んだ日の授業内容や課題をマークや教師に細かく聞いているので、学力の遅れは無い。
彼も夢見る少年、夢に近付くための努力は惜しまないのだ。

「…一ノ国も色々と大変なんだね……」
「魔法にしろ科学にしろ、文化や技術が発展すりゃ面倒事も増えらぁな。
せやけどそれはお互い様、慣れたらこっちもおもろいで?」
電話で話し込む少年の背中を、同情を含んだ眼差しで見つめるナシウス。
そんな彼を、シズクが笑いつつ諭した。



ややあって、旅立つ準備を済ませたオリバー。
欠席の口実としてとっさに思い付いたのは、親戚に関する用事で家を空けるということ。
仮病では、シェリーにあらぬ疑いがかけられてしまうからだ。
それに、もしマークが見舞いへ来たとき家中の電気が消えてたら、当然不審に思われるだろう。
そんな訳で思いついたこの口実、マークも半信半疑ながら承知してくれた。

「…準備が出来たようだね、オリバー」
ナシウス達は、夜空の下…オリバー宅の庭の上に立ち、玄関の扉を開ける少年を見る。
「うん、待たせたね」
出てきたオリバーは、赤いマントをなびかせていた。
そう、これが“二ノ国”での彼の私服。
そして…右手にはバルゼノンが収まっている。
ナシウス達の所まで歩くと、彼が一言。
「じゃあ皆…行くよ」
これを合図に杖を動かすと、その動きに従って青白い光が空中に線を描く。
やがて、そこに“ゲート”のルーンが現れた。

ルーンとは、魔法を発生させるため、杖で描く必要のある紋章だ。
形は様々だが、全て二本の線で構成されているのが特徴である。
その種類は、二ノ国にある魔法の数だけ存在する。

「…久しぶりの、二ノ国に!」

“ゲート”は、“二ノ国”と“一ノ国”とを行き来するための魔法。
これにより、今オリバー達は次元を越えることとなった。
ようやく、二ノ国へ旅立つのだ。





~ニエルデ砂漠(ババナシア王国付近)~

「ふぅ~…やっぱ、次元移動は地上で安全にやるんが一番や!」
「…それってどういうこと?」

マルの祖国であるババナシア王国は、ミド大陸南部に広がるニエルデ砂漠の中心にある。
砂漠とは言え、オアシスや植物も少なからず存在し、この地域特産の果物ババナは、国名にもなる程ババナシア王国経済の支柱を担う。

オリバー達は、その国付近の砂漠へ飛ばされてきた。
着いた直後シズクが発した言葉に、オリバーは純粋な疑問を抱く。
「いやいや、あの…何でもな───」
「ナシウスの奴がなぁ、俺を地元から引っ張り出してごっつ速く上に飛んだんや!
でな、そのまんま空中で“ゲート”使うてんねん!
ほんで一ノ国来た直後に急降下飛び蹴りやぞ!?
さんざん“大妖精”とおだてた後にこの仕打ち、酷いと思わん!?
“上げて落とす”とはまさにコレやん!」
「あ、そうなんだ…アハハ、災難だったね」
「笑い事ちゃうっ!!」
何故か慌てるナシウスの言葉は、シズクの怒涛の言葉で打ち消された。
そんな彼に、オリバーは苦笑しか出来ない。
「緊急だから仕方なかったんだって……言いふらすなんてそっちも酷いよ、謝ったのに…」
「あん時の仕返しや、倍返しやっ!」
ナシウスがうなだれて弁解すると、シズクはしたり顔で応えた。
「……ところで、これからどうするつもりだ?
この地域はまだ日出っているが…」
ユーモラスな空気を、生真面目なエビルナイトが引き締める。

一ノ国のホットロイトは夜だが、地域ごとに差はあれどミド大陸には陽が昇っていた。
更に大まかに言うと、ミド大陸とその東北東のレカ大陸では昼夜が逆転しているのだ。
つまり、ボーグ帝国やナナシ城のあるレカ大陸の昼夜の方がホットロイトに近いとも言える。

「勿論、早速皆を探しに…」
「待て待て、慌てんな」
問われたオリバーの答えを、シズクが遮る。
「何で止めるのさ、シズク」
「考えてみ、お前は既に一ノ国で1日過ごしたやん?
そろそろ1日の疲れとか出てきてもええ頃やで」
怪訝な表情のオリバーに、丁寧に答えた彼。
「そんなことないよ、少しぐらい…」
反論するオリバーの口からあくびが出ると、彼は“ほらな”と言わんばかりの視線を飛ばす。
「…分かったよ、僕はちゃんと休むよ……」
視線が痛いのか、オリバーは頬を赤く染めた。
「それでよろしい。
ほんで、あとの黒いお二人も休んだらどや?」
今度はナシウスとエビルナイトを見るシズク。
対する二人は…。
「僕なら平気平気……」
「私は…人間以上には活動できると自負しているが」
「お前ら……今現在の顔に疲れが出とるぞ。
ナシウスにいたっちゃ笑顔が引きつってんねん。
というか…あんだけドタバタした後、二回も戦ったお前がいっちゃん疲れとるやろ?」
「……」
「………」
二人まとめて見事な突っ込みを食らった。
「……エビル、もう戻って良いよ。お疲れ…」
「御意…」
沈黙の後、渋々と命じるナシウス。
エビルナイトは素直に従い、光と化して彼の胸部に取り込まれた。

人間の心から生まれたイマージェンは、その人間の心に戻ることも可能だ。
オリバー達は育成カゴという物にイマージェン達を収めていたが…それを持たない者は、心から直接イマージェンを出し入れする。
エビルナイトはジャボーのイマージェンだが、ジャボーとその“心霊”ナシウスは同一人物と言っても過言ではないので、ナシウスが彼を従えることも出来るのだ。

「全くどいつもこいつも素直とちゃうわ…。
……口で言っても身体は正直なんやで?」
「…オリバーとエビルが居る時に、そういう冗談は止めて欲しいなぁ……」
「大丈夫大丈夫やって!
純粋無垢な少年とクッソ真面目な騎士にはなーんも伝わらん!」
苦笑するナシウスと、軽快に笑い飛ばすシズク。
「……?」
言葉通り純粋無垢な少年のオリバーは、二人の顔を見て首を傾げるばかりだ。
「ささ、んなトコでくっちゃべっとらんと宿屋行こうやっ!」
こうして、オリバー達は宿屋に泊まるためババナシアを目指した。




マタタビスパ入り口前~

「はぁ~…何という癒やし……」
「…ナシウス様」
「“風呂は魂の洗濯”とか聞くけど、ホントに魂が浄化されてるのかも…」
「ナシウス様…」
「風呂場自体にも何か癒される空気があるよねぇ…。
程良い湿気と暖気が心に染み入って…」
「…ナシウス様!」
「ハッ!?……ごめん、あまりにも心地良くて…つい風呂の魅力を語っちゃったよ」

二ノ国における宿屋と言えば、マタタビグループの経営するものが有名だ。
ババナシアの宿屋であるマタタビスパも、その一つである。
そこに泊まるオリバー達の疲労が想像以上だったか、部屋で休んだり入浴をしている内に陽が沈んだ。
入浴後、オリバーとシズクはすぐに寝入り…1時間余り仮眠をとったナシウス一人が外に出た。
それは勿論、何か用があってのことで、再びエビルナイトを呼び起こす程なのだが…。

「これから、色んな所を見て来ようと思うんだ。
僕らって、どっちかと言えば夜の方が活発になるからね…静かな夜の内に色々調べておきたい。
それで、君にはオリバー達を側で見守って欲しいんだ。
寝てる隙を、ルーフ達が狙わないとも限らないよ」
先程まで脱力していたナシウスだが、今は緊張感を持った様子で話している。
「御意…貴方と同様、疲労回復致しましたので、充分に務めを果たせます」
「なら良かった…じゃあ朝には戻るから、後をよろしくね!」
そう言い残して夜空に飛ぶナシウス。
彼を見送り、エビルナイトは“他の客を怯えさせることがないように”と考えつつ部屋に戻った。







「感じるな、“救世主”共の馬鹿みてぇに強い魔力を……てこたぁ、“俺の分身”が此処に導いた訳だ」

ミド大陸の南東に佇むナーケルナット遺跡。
月明かりもあって、うっすら悲壮感を漂わせたこの遺跡の屋根に、仮面の少年が座っていた。
彼もルーフのように欠けた輪を纏うが、それらは髪と同じ銀色。

一ノ国でオリバーを襲った銀髪少年は、彼に似せて造られた分身である。
服装を一ノ国のものに合わせたり、一ノ国の人間と同じ性質の身体にするなど細工を施した特別製だ。

「アレがやられんのぐらいは想定内…アイツらの実力もちったぁ測れたし、“救世主”をおびき寄せることも出来たし、まぁ結果オーライだな」

更に、自分と分身の視界を同一化することも可能。
自身の周囲が見えなくなるのが欠点だが、無人の安全地帯なら問題ない。
そして、分身とオリバー達の戦いは、直接彼の目に焼き付いたこととなる。
この分身は、“生み出す”も“消す”も本体である仮面少年の自由……言うなれば、彼に情報を提供するためのコピー人形だった。



「………」
仮面少年が気がかりそうにどこかを見る。
それは丁度、ナナシ城のある方角だ。

あの方角から、強大な“光”と“闇”の魔力を感じる。
“光”は言うまでもなく主のルーフ、“闇”は…“魔導士”だろう。
不思議なことに、“闇”の魔力が一向に途絶えないのだ。
そもそも“魔導士”の魔力は“女王”以下。
故に、“闇”の魔力は確実に減っていく。
なのに、決して途絶えることがない。
ルーフの“光”で追い詰められていながら、だ。
むしろ、精神的に追い詰められているのはルーフではないのか…という推測も容易い。
何故なら、他に巨大な“結界”の存在も感じる。
おそらく、ルーフは“結界”に閉じ込められていて…それは“魔導士”が倒れぬ限りどうしようもない代物なのだ。

一体、何をすればそんな戦況になるのか…。

負ける筈はないにしろ、ルーフのことが心配になってきた。



「…だったら…こっちも“罠”を増やしてやんぜ」
気持ちを切り替えると、右手から銀の輪を出現させた。
輪の空洞である部分に“鏡”の膜を形成すると、それを宙に浮かせ、鏡部分で月光を受け止めるように移動させる。
次に角度を調整すると、月光は鏡に反射して地上に送られた。

それだけなら普通の鏡と変わらないが…これは魔力の込められた特殊な鏡だ。

故に、反射光は魔力を帯びたものに変換される。
そして扇状となって地上に降り注ぎ、ナーケルナット遺跡前とその周辺を明確に区切った。
少し放置した後、仮面少年は鏡を手元に戻して消す。
「“救世主”様ご一行専用だ……さて、残り2ヵ所にも造ってくるかな…」
これで傍目には“見えない境界線”が造られた。
他所にもそれを設置しようと、仮面少年が朧影と化して瞬間移動する。

敵対する二人が、同時に明日へ備える夜であった。

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             ~END~

【二ノ国小説】part6「血濡れた鍵」 【※ks&グロ注意】

皆さんこんばんちは(*・ω・)ノ

はぁ~…あともーちょいで卒業なのかぁ(´・ω・`)
しかも、学期末テストまであと十数日なんに詳細不明てどゆこと?((知らんがな
とんでもねぇ結果になっても私知らんからね((だから知らんがな
…ま、最後ですから尽力は致しましょうか(棒)

銀髪少年を倒し、一旦オリバー宅で保護するナシウス達。
その直後、彼らの前に現れたのは、ルーフの手で変わり果てたエビルナイトだった。

では今回も…ゆっくりしていってね
───────────────────────

二ノ国 magical another world

天地照光~金煌なる光の鳳凰~





「どうすれば良い……どうすればエビルを助けられる…!?」

ナシウスは、憤慨すると同時にひどく動揺していた。
そんな心情なので、思い付くことと言えば“まず大人しくさせる”ことぐらいである。
ただ…それをするのも厳しい現状だ。
いつまでも、この住宅街に通行人が来ない筈はない。
現に先程の女性は、暴走するエビルナイトに襲われかけた。
理由はそれだけでなく…。
エビルナイトであった猛獣を、住宅街を庇いながら相手取ること自体が難しいのだ。
身体能力が高い上、今は理性を失っているので、銀髪少年以上に手強い。

「ナシウス…大丈夫?」
慌てふためく彼を見てか、オリバーが心配する。
「大、丈夫……」
様子や口調からして、“大丈夫”ではなさそうだ。
「…僕も協力するよ。
何か出来ることは無い?」
また叱られるかもしれない、と思いつつ言うオリバー。
が、意外にもそれは助け舟となった。
「駄目だ、やっぱり君を巻き込む訳に…………そうか」
ナシウスの脳裏に、一つの策が浮かんだ。

この方法なら、誰の目にも付かず存分に戦える。
オリバーを多少巻き込むものの、彼に危険が及ぶことはない。

「…オリバー、一つだけ協力して欲しいんだ」
「何?」
「ちょっとの間眠っててくれ……家の中でね」
「えっ…」
「さっき反省したから、今度はちゃんと説明する。
簡単に言えば、君の“夢の中”をエビルとの戦場にするのさ。
僕には、“自分や相手を、誰かしらの夢に引き込む”力がある」

ジャボーの深層心理内に潜んでいた“心の闇”が、自我を持ち具現化した“影”。
それはかつてのナシウスだ。
影はジャボーと激戦を繰り広げ、その後に浄化され、本来は消滅する筈だった。
しかし、彼らの戦いを見守る“霊魂”が居た。
それは“母体から産まれることなく死亡した魂”で、“魂の抜け殻”と呼ばれる。
“魂の抜け殻”が、肉体を持つことを望んだためか…影の器となる道を選んだのだ。
そして影は、現在のナシウスとなる。

この“魂の抜け殻”は、何やら未知の力を秘めていた。
それこそが “自分や相手を、誰かしらの夢に引き込む”力である。
他にも、“夢”や“眠り”に関する力を持つ。

「だけど、寝ると言ってもそんなすぐには…」
「それなら問題ない」
疑問をぶつけるオリバーの眼前に、ナシウスが左の手の平をかざした。
そこから一瞬、淡い光が出たかと思えば…眠気がオリバーを襲う。
「何か…急に眠くなって……」
「これはね、“睡眠”の状態異常を起こす力さ。
ただし、今は力を抑えて眠気も浅くしてある……さ、早く寝てみな」
「う、うん…おやすみ…」
本能的に一刻も早い睡眠を求めたのか、駆け足で家に戻るオリバー。
もしナシウスが本来の効力を出せば、その場で眠りについたことだろう。



「なあ、オリバーが寝たっちゅーのどないして知るん?」
少し経って、シズクが問う。
それにも、ナシウスは丁寧に答えた。
「それも問題ない。
魔力というのは、所有者が眠る時に沈静化するんだ…心身共に安らぐからね。
この力を使うと、その変化を察知することも出来る……お、丁度寝たか」
「早っ!?」
彼の力あってか、オリバーはもう寝たらしい。
シズクもその早さに驚かされる。
「良いよ…早くて助かる。
今のエビルに理性はない、だからご丁寧に待ってもらえる訳じゃ───」

「グルアアァッ!!」

それまで体勢を低くしていたエビルナイト。
が、待ちかねたように二人の方へ飛びかかる。
「ぎゃっ!?」
「そら来た……お前との戦場はこっちだ!」
結構な迫力で、シズクが声を上げた。
隣でナシウスが右腕を突き出すと、先端の手の平から強い光が出て、この場の全員を包み込む。
「ッ…!?」
エビルナイトは動揺し、宙を飛ぶ身体を減速させる。
そして、二人へ届かぬ内に着地すると……コンクリートが芝生になった。
この現象に彼はまた戸惑い、訳が分からない様子で周りを見始める。

「アレッ、周りのモンがすっかり消えとる…!?」

光が止んでシズクが辺りを見回すと、オリバーの家が一件あるが…その周囲が全て芝生と化し、家から一本道が伸びているのが分かった。
と言っても、道はコンクリートではない。
それよりずっと柔らかい土だ。
道が真っ直ぐどこまでも伸びており、芝生も同じくどこまでも広がる。
その上には、これまた青空が広々と広がっていた。

「これが…オリバーの“夢”の中だ」
同じく辺りを見回して言うナシウス。
「ほーん、コレがなぁ……にしても、夢見んの早すぎとちゃう?
さっき寝たばっかなんやろ?」
彼に対し、シズクは再び疑問をぶつけた。
だが、これにもナシウスが関わっている。
「また説明させてもらうと…実は、オリバーの眠気を引き起こしただけじゃない。
同時に“夢を強制的に見させる”効果も付与したのさ」
「なるほど…“夢”に関しちゃ万能なんやな。
そういや、寝とる奴ならもう一人いたろ?
……あと、何で俺も連れて来るねん」
回答に対し、新たな質問をするシズク。
しかも二つに増えた。
それだけ疑問が多いということだ。
「連れてきたのは勿論、君の力を要してのことだよ。
…“もう一人”ってのはあの銀髪少年のことか」
エビルナイトの様子を見つつ、ナシウスはまた答えた。
彼がこの不可思議な状態に慣れるには、いますこし時間がかかりそうである。
だから答えても大丈夫、と判断した。
「疲労して、僕らに敵意を向けたまま寝たアイツの“夢”じゃ…安定した空間が作れるとは思えないよ。
…それに、オリバーには“今回の戦いがどんなものか”見てもらいたい。
どれほど厳しくて、過酷なものかを……」
「“百聞は一見にしかず”っちゅー訳か…。
悪かったな、こないな状況なんに聞いてばっかで」
静かに頷いた後、シズクは一言謝る。
「いや、構わないよ。
こんな体験したら疑問が浮かんで当然さ」
笑って返すと、ナシウスは再度エビルナイトに目を移した。

「さて……もう質疑応答の時間は終了だ」

「グルルル…」
「のわあぁっ!?」
見ると、エビルナイトとの距離が縮んでいる。
彼らが話す内に、じりじりと這い寄ってきたのだ。
「流石エビル…飲み込みが早いな」
「誉めとる場合か親バカッ!!
…俺も協力したるから、はよ目ぇ覚まさしたれ!」
「ああ、勿論…ただ、理性を無くしたエビルは本当に厄介だよ。
言うなれば……“制御の効かない重戦車”みたいな存在だ!」
「上手い例えしとる場合かあああっ!?」
「ガアアアァッ!!」
「“重戦車”来よったあぁ!!」
話している内に、エビルナイトが飛びかかる。
「気は進まないけど…やるしかないっ!」
決意を固め、蒼炎を放つナシウス。
それはエビルナイトの方に飛ぶが、巧みに身を逸らされ外れた。
「…!」
ナシウスは咄嗟に彼から離れようとする。
が、その攻撃はまさに一瞬であった。
「うあっ!」
眼前に迫るエビルナイトが、右腕を大きく横に振ったかと思うと…ナシウスの胸部が一文字の形に裂けた。
直後、そこから赤い液が染み出し、痛みに襲われる。
「うぐうぅ…」
思わず膝を着くナシウス。
「オイ、どないしたっ!?」
心配してか、シズクが彼に近付いた。
「うわ、えっらい切り傷やわ…」
傷口を目にしたあとに、エビルナイトを見る。
「…アレで斬られたんやな!?」
シズクの声に応じて、ナシウスはゆっくり顔を上げた。

着地したエビルナイトの右腕に、元々彼の武器である大剣の刃が見える。
ただ、普段と異なるのは…柄が無く、刃が手首辺りから直接生えている点。
そして彼が刃を引っ込めると、元の右腕に戻った。
自在に出し入れできる辺り、右腕と大剣が一体化したと言っても差し障りない。

「なるほど、飛びかかってから一瞬で斬りつける訳か…」
呟くと、右手から光を出して傷を癒やすナシウス。

“ヒール”や“ヒールオール”とは違うが、彼にも回復魔法は使える。
今使った“ 霊魂からの救い”は体力を半回復するもので、もう一つ“不死の源”という全回復できるものを持つ。

「すばしっこい上に馬鹿でかい剣振り回すとは…確かに厄介なやっちゃな……」
「見たところ普段より軽装だから、身体速度も上がったんだ……そこだけは“解放”と言えるかもしれない」
シズクが眉を潜めると、ナシウスも顔を同じくした。
「どうにかせんと、千切りにされてまうわ………せや、思い付いたで」
何か閃いたらしく、瞬時にシズクの表情が晴れる。
「ん?」
「すばしっこい奴は動き封じんのが常識やん?
オリバーなら“ヘビーウェイト”使えるんやが…お前の場合この芝生を利用するんや」
彼の言った“ヘビーウェイト”は、対象の重量を増幅させる魔法だが、ナシウスには使えない。
だから別の案を持ちかけたのだが…。

「…上から蒼炎を降らせれば、アイツの動きは制限され、更に芝生で蒼炎が燃え広がるっ!」

ナシウスが立ち上がって、右腕を天に突き上げる。
その手の平から、大振りな蒼炎の塊が打ち上がり…やがて分散して炎の雨となった。
言われぬ内に、シズクの案を察したらしい。
「うぉいっ、俺の台詞取んなやっ!
全く、察しの良さは本体と同じか!」
跳ねながら怒鳴るシズク。
「…お、俺んトコには降らせんといてな!」
が、怯えた様子で、すぐ炎雨の範囲外へ避難した。
「ッ……ギャンッ!」
流石に避けきれず、炎の雨粒を受けるエビルナイト。
苦しむ声さえ、イヌ科の動物そのものだ。
「グル…ウウゥ…」
空から大量の蒼炎が降って、地上ではその雨粒が水たまりとなり燃え広がっていく。
その上、実際の雨が湿気をもたらすように、炎雨は熱気をもたらしている。
直接攻撃せずとも、急激に彼は追い詰められていった。
「……」
炎雨を降らせた張本人、ナシウスも悲痛な面持ちである。
苦しみながら、なお敵を狩ろうとする姿は…見るだけで辛い。

ならば、一刻も早く“本当の解放”を───

「エビル、僕らは君の敵じゃない。
もう敵なんていないから、戦わなくて良いんだ」
とにかく、自分達が敵でないことを理解させよう…そう思い、まず話しかけてみる。
「グッ…ガアアアアァァ!!」
だが、通じぬ様子で飛びかかるエビルナイト。
「エビル…!」
やはり、今の彼に言葉は通じないのか。
そう考え、ナシウスは心底残念そうに…躊躇いつつ蒼炎を飛ばそうとした。
そんな時、彼を思いとどまらせる案が浮かぶ。
彼自身が、ふと突然に思いついたものである。

まだ“言葉が通じない”と決め付けるのは早い、もっと心の奥底に届くようなことを言ってはどうか…。

ナシウスが、まだ諦めないから掴めた“鍵”だ。

「……ソラッ!!」

「ッ…!!!」
彼の言葉を聞いた途端、エビルナイトは面食らった様子で着地する。
「…ウゥッ、グアァ…!」
それから、頭を抱え苦悶の声を漏らした。

エビルナイトも、昔は普通の“イマージェン”で、オリバーの“イマージェン”と同じ種類のルッチだった。
ジャボーがまだ、“ナシウス”という名の少年だった頃…彼の心から生み出される。
そのとき彼から名付けられた名が“ソラ”。
“漆黒の魔導士”となったジャボーに闇の力を注がれ、今の姿になるまでこの名で呼ばれていた。
故に、エビルナイトにとって非常に思い入れのある名である。
だからナシウスは、エビルナイトをかつての名で呼び…古い記憶を呼び覚まそうと考えた。

間違いなく自分の言葉は届いたのだ。

こう確信すると、彼は更に言葉を発する。
「ソラ…ごめんな。
君を救えず、こんな風にしてしまって……」
「…グガアアアァァッ!!」
またもエビルナイトが飛びかかって来る。
今度は“止めろ”と言うかのごとく。
だが、ナシウスは迎撃も回避もしない。
ただ静かに立ち、まっすぐエビルナイトを見据えた。
更に炎雨を止ませ、彼の牙を右肩で受ける。
「ぐっ、うああぁ…!」
「ナシウスッ!?」
牙は強く食い込み、肉を裂いて容易に骨まで達した。
それどころか、骨も噛み砕かれる勢いで…現に軋む音がするのだ。
同時に吹き出す血を見て、その状況が伝わったのだろう…シズクがナシウスに駆け寄る。
「な、何しとんねんっ…はよ攻撃せな肩持ってかれるで!!」
そう警告したが、ナシウスはそれに反し…。
「あぐぅ、あぁ…やっと…うがっ!つ、かまっ…え……」
痛みに震える両手を伸ばし、エビルナイトを強く抱きかかえた。
「ウァッ!?」
驚いた拍子で、口を離すエビルナイト。
「ガアアッ!グルアアアァァ!!」
反射で生やした右腕の刃をデタラメに振り回し、その内ナシウスの背中に打ち付け出す。
この必死の抵抗により、当然背中は切り刻まれた。

それでも、ナシウスは決して力を緩めない。

「ソイツを傷つけんためそうしとるんか!?
せやかてお前がそこまで傷付く必要もあらへんっ!
攻撃できんなら一旦霊化せぇ、物理攻撃を受けん様…」
「それじゃ…うぐっ!ああぁ…駄目なん、だっ…」
「……何が駄目やねえぇん!!?」
怒鳴るシズクの目は、僅かに潤んでいる。
心配や焦り、ナシウスを救えぬ苛立ちが混ざって形となったのだ。
彼の心情は、もちろんナシウスにも伝わる。
そして、彼に申し訳ないとも思った。
しかし止める訳にいかない。
「エビルにっ…触れられ、ない……。
ううっ…そしたら、あっ!…気持ちも、伝えられっ…なあぁ!」
腕の力が更に強まる。
「グアッ…アウゥ…!」
エビルナイトの方が疲労してきたらしい。
背中への斬撃も弱まった。
「エビルを今救えるのは…僕だけ、だから…」
そう言って、再びエビルナイトに語りかける。
「君は…僕を守ろうと…して、戦ってくれたんだ、ね。
なのに、こっちは君を守れなかった……ごめん、本っ当に…ごめんな!」
「…ウグッ、ウウゥ……」
激闘するジャボーの代わりに伝えた言葉。
ようやく聞く耳を持ったか、エビルナイトがそれに反応し…何やら苦しみ出す。

あともう少しで……。

そう確信し、ナシウスはトドメの言葉をぶつける。

「それと、ありがとう……ソラ」

「ガアアアアアアアアアァァッッ!!!」
これを最後の咆哮とし、エビルナイトはその場で倒れた。





「ん……」
うっすらと目を開けるエビルナイト。
あの首輪のせいか、ルーフに敗れて以降の記憶が非常に曖昧だ。
ただ…彼女に操られた自分を、誰かが止めてくれたということは最低限分かる。
しかし、一体それは誰で、此処はどこなのか…ジャボーはどうなったのか───

「皆が…そんなことに……」

「…!」
そんな疑問を浮かべる彼の耳に、聞き覚えのある声が流れ込む。
もしやこの声、オリバーのものだろうか。
視界も明確になってきたので、辺りを見回してみた。

自分は、ソファーと思わしき柔らかな物体に寝かされている。
声はそのすぐ側から聞こえ、二人の人間と一人の妖精が立っていた。
彼らが誰かと言えば……。
悲しげな表情のオリバー。
深刻そうに黙々と腕を組むシズク。
そして、オリバーへ真剣に何か語りかけるナシウス。
この三人である。

「…だからジャボーは自ら囮になり、ルーフを結界魔法で閉じ込めたんだ。
これ以上の被害を防ぐためにね…。
そして、結界は発動者の意識ある限り解けない。
この隙に僕が分離してからシズクを訪ね、状況を説明して…残る君を“粛清”から守ろうと、一ノ国に飛んで来たんだ」
「ジャボー…」
ナシウスの説明を聞くと、ますますオリバーが萎れた。
ルーフ襲来に関することを、説明している最中らしい。
「これが、僕がジャボーから与えられた役目だ。
ルーフを封じても油断は出来ないからね。
アイツは“ルーフの部下”の存在も想定していた。
それが当たったのは残念だけど…君が無事で、何故か寝てた少年も消えたから良しとしよう…」
こう語りつつ、ナシウスがこちらのソファーを見る。
事情はいまいち飲めないが、自分の寝ているソファーには“ルーフの部下”らしき少年が寝ていたらしい。
少年はどういう訳か消え、同じ場所に自分は寝ている、ということだろう。
「…エビル?」
状況把握をしていると、自分をナシウスが呼んだ。
起きているのがバレたか…そう思い、エビルナイトは起き上がる。

「ナシウス様…」
「エビル…!良かった、もう大丈夫そうだ…」
ナシウスが嬉しそうに笑うと、オリバーとシズクもエビルナイトを見た。
「私は一体…そして此処は……」
直接聞く方が早い、と判断したエビルナイトが彼らに訪ねる。
「此処はオリバーの実家や」
応答したのはシズクだ。
「つまり…此処が一ノ国?」
「せや…俺達がオリバーんトコ来たら、怪しい銀髪のガキがおってな、オリバーを襲ってんねん。
それを見た俺らは“ルーフの部下や”と直感してとっちめてやった。
んで、その後に何と…操られたお前が来たんや。
そらぁもう、ごっついバケモンになっとったぞ?
まるで猛獣やった…」
「それから何とか元に戻して…君の心を“診たら”酷く傷付いてたから、心も“癒やして”おいたんだよ」
シズクの言葉をナシウスが引き継ぐ。

彼には、更なる能力がある。
ジャボーが心の全体像を“見る”のに対し、彼は心の傷付き具合を“診る”のだ。
そして、傷付いた心を癒やす“ハートフルメディ”という魔法を使える。
心を癒やすと言っても、崩壊した精神を修復して理性を取り戻させ、正気にするもの。
トラウマなど、根本的にあるものを取り除くことは出来ない。
エビルナイトの場合、首輪によって強制的に理性を奪われていた。

「では…その傷はまさか…!」
「…え?」
突如目を見開くエビルナイト。
目線の先にあるのは、右肩の傷だ。
「あっ、背中は癒やしたのに此処だけ忘れてた…」
ナシウスは、慌てた様子でそこを癒やす。
「…大丈夫、操られてたんだから仕方ないさ」
苦笑してエビルナイトに言った。
しかしその彼は…。
「私は…ルーフからジャボー様を守れなかった……。
そればかりか、アヤツにみすみす操られ…アナタ方まで傷付けたのだ…!!」
無念さで震えている。
「…過ぎたことを悔やむより、次にできることを考えれば良いんじゃないかな」
今度は優しく微笑んだナシウス。
エビルナイトを励まそうと、言葉を続ける。
「“僕ら”は、君がそんな風に思ってくれるだけですごく嬉しいんだ。
今度は、“粛清”された皆を何とか助けて…ジャボーだって助けてやろうよ」
「ナシウス様……分かりました」
それが効いてか、エビルナイトの瞳に強い光が生まれた。

「私もぜひ、同行させて頂きます」

「ん、ありがとう」
満足げにナシウスが笑う。
シズクとオリバーも、にこやかな表情を浮かべていた。



「そう言えば、君の首輪が消えてるんだけど…」
その後、オリバーが気付いたことを口にする。
ふとエビルナイトを見ると 、彼の首から首輪が消えているのに気付いたのだ。
それは、あの銀髪少年のようにいつの間にか消えていた。
「おお…ホンマやん!」
シズクも、オリバーの肩に飛び乗り確認する。
当のエビルナイトも、首に触れて確認。
そんな様子を見たナシウスは、何か気付いたらしく…。

「…分かったかもしれない、首輪の外し方が」

「えっ…?」
「何やて!?」
彼の言葉で、他三人の間に緊張が走った。

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【二ノ国小説】part5「風鎌のち狂剣」【※ks&グロ注意】

皆さんこんばんちは(*・ω・)ノ

いやぁ、とうとう年末ですなぁ~…全く、クリスマス直後に年賀状描いたり忙しいわっ!((
そして今回の小説…何とか年内に出すことができました。゚(゚´Д`゚)゚。
奇数話は異様に投稿が遅れる法則

ジャボーが結界魔法の発動に成功し、ルーフをナナシ城へ閉じ込めた。
一方、一ノ国では“銀髪赤眼”の少年がオリバーの前に現れる。

では今回も…ゆっくりしていってね
───────────────────────

二ノ国 magical another world

天地照光~金煌なる光の鳳凰~





「…僕に何の用なの?」
問うオリバーの表情は固い。

彼を“救世主”と呼んだ銀髪少年は、おそらく二ノ国より来訪したのだろう。
そもそも“救世主”という呼び名は、二ノ国を救ったことに由来する。
だから二ノ国の者しか知り得ないのだ。

辺りを見回し、人影の有無を確認すると、少年は言った。
「此処の連中も居ないから、いま話してやるよ。
俺は…とある方の命令でお前を捜していた。
……“救世主を粛清せよ”という命令でな」
「……!?」
言葉を契機に、再びオリバーの目が見開かれる。
そんな様子もお構いなしに、少年は更に話す。
「その方曰く、“救世主”だけ二ノ国外に居る可能性があるからってさ……俺は一ノ国での捜索を任された。
…割と苦労したぜ?
風の噂で流れた“丸い目の少年”って特徴と、魔力感知だけが頼りだからな」
言葉から察するに、段階的にオリバーへ近付いたらしい。
強大な魔力を感じるホットロイトの町へ飛び、それの持ち主たる彼を捜し当てたのだ。
「何はともあれ、こうして会えたんだ。
とりあえず挨拶といくかぁ!?」
再び周囲を見た後、右腕を振り上げる少年。
直後に手首辺りから刃が生え…右腕を柄とする鎌と化した。

「ウラアァッ!!」

声に伴い、透明の刃が飛ぶ。
少年の武器は風の鎌である。
「うわぁ!?」
オリバーが咄嗟に避けると、それは宙に消えた。
「き、君は一体……」
脂汗を浮かべて少年を見る彼。
「ヘッ、なかなかの反射神経だ。
それ、と……お前に明かす名も情報もねぇよ!」
一方で少年は彼を嘲笑い、再び風の刃を飛ばす。
「くぅ!」
応じるように身を動かすオリバー。
「あっ!?」
しかし、運悪く足が滑った。
受け身も取れぬまま、勢いで彼は転倒する。
「っ……うぅ…」
痛みで動きが鈍り、立ち上がるのも一苦労だ。
「どうした、杖が無きゃ只のガキか?
…それとも……この町を庇ってのことか…?
ハンッ、だとしたら殊勝なこった!」
勝ち誇るように笑みを浮かべ、また右腕を挙げる少年。
それが振り下ろされ──

「タァァァアアアアアア!!!」
「ぃ嫌ああああああぁぁぁあああっ!!!!」

遥か上空より、咆哮と悲鳴…二つの声が同時に降り注いだ。
「んなっ…!?」
少年が思わず動きを止め、顔を上げると……何も見えない。
が、強大な魔力が迫るのを感じた。
「うげえぇっ!!」
次の瞬間、横腹に強烈な蹴りを食らう。
身体が飛び、激しく地面を横転。
その勢いが消えると、彼は仰向けの状態になった。



「ふぅ、ギリギリ遅刻だな」
「駄目やないかいっ!!
…大体、これが“大妖精”への扱いかいなっ!?」
「アハハ…すみません、緊急だからあーするしかなかったのさ」
地面に着地し言葉を交わす、軍服のような服や帽子を身に着けた青年と…足下の、黄色い肌に水色の服をまとう珍妙な生物。
青年はジャボーと同じ、紅い髪と青い目をしていた。
ただ、目つきはオリバーのように丸みを帯びている。
その足下に立つのは、鼻先に下げたランプが特徴的な“妖精”シズクだ。
同等に個性的な口調も、二ノ国における“妖精”特有のものであった。

「シズク……ナシウス…!?」
顔に戸惑いの色を浮かべるオリバー。
ゆっくり立ち上がる彼に、ナシウスは目を移した。
「良かった、無事だ…」
呟きつつ、今度は仰向けの銀髪少年をねめつけ…。
「……早く帰るんだ、オリバー。
コレはこっちで片付けるから」
真剣に、尚且つ冷淡に言い放つ。
「えっ…でも、何で君達が──」

「早く行け!!」

「っ…!!」
叱声の鞭に打たれ、オリバーの肩が一瞬跳ね上がる。
「……」
辛辣な表情を浮かべ、重い足取りで歩き出し、やがて自宅の方へ駆け出した。



「……やり過ぎとちゃうか自分?
ホンマにええんやな?これで」
視界から消えるまでオリバーを見届け、渋い顔をするシズク。
「…僕だって気が引けたよ。
けど、ああ言わなきゃアイツは行ってくれない。
“こちら”のことは“こちら”で解決しなきゃ…ね」
ナシウスは苦笑で答えた。
そんな顔を見て、シズクが考え込む。
「まあ…“突き放すのも愛”とか言うしな……」
それから、彼にも聞こえぬよう呟く。
「ぅん?」
「…や、何でも」
しかし、内容まで伝わないものの聞かれていた。

「お前…二ノ国の妖精だな?」

突如響く、銀髪少年の声。
「全く、“粛清”の邪魔しやがって。
しかし妙だな、この魔力……ちまっこい妖精の他に透明人間でもいるのか?」
言いつつ立ち上がり、怪訝な表情でシズクを見る。
「おいコラ!
大妖精に向かって“ちまっこい”やてぇ!?」
「お、落ち着くんだよシズク……。
……まさか、魔力で存在を気付かれるなんて…」
噛みつく勢いのシズクをなだめると、ナシウスは顔をしかめた。
「せやな、コイツの魔力感度…賢者以上かもしれん」

ナシウスは人間と似て非なる存在だ。
ジャボーの心の一部が独立した“心霊”という生き霊で、霊体と肉体両方に身体を変化できる。
今は肉体…つまり実体なのだが、この状態でも彼を見られる相手は限定される。
彼が“警戒・あるいは敵と見なした”相手にナシウスを見ることは出来ない。
……が、魔力までは隠せなかった。
この少年のように魔力感度の高い相手では、存在を知られるという点で、姿を見られているに等しい。

なお、魔力感度を平たく言えば、魔力を感じ取る力の度合いであり…魔法を扱う者は自然と身に付けていく。
その強弱は魔法の才能や熟練度に左右されるのだが…右腕に鎌を生やしたこの少年、どうにも魔法使いには見えない。
それに対し、ナシウスとシズクは若干の違和感を覚える。
「そりゃそうだ…俺の力は、賢者だの魔法使いだのと質が違うからな」
しかし、疑問は少年自らの手で消された。
「“空間に在る真実を、粛然と映すが鏡”……視覚で認識できずとも、その存在は克明に映るのさ」
「“鏡”…?」
ナシウスが、疑問を呟きに含ませる。

「“救世主”様はお家にトンズラ、お前らは俺の邪魔者……なら、やるこたぁ一つだ!」

思考の時すら与えず、風を起こす鎌。
「キタキタキタキタキターッ!?」
「やっぱりこうなるか…!」
シズクは半ばパニック気味に、ナシウスは歯を食いしばって風の刃を避ける。
「妖精はさておき、お前の動きは分かってんぜ…透明人間さんよぉっ!!」
更に、少年はナシウス目掛け風を飛ばした。
「君が扱うのは風の鎌か…。
とかく速い、鋭い……でも好都合!」
ナシウスは手のひらから蒼炎を放ち、風の刃にぶつける。

心霊とは、本体である人間の心が魔力を持って具現化したものだ。
同時にそれは、彼ら自身が魔力の塊であることを意味する。
人間は杖なくして魔法を発動できないが、心霊にそれは必要ない。

「チッ…炎かよ!」
自身が放った風を飲み、増幅してこちらへ迫る蒼炎。
少年は苦い表情でそれを避けた。
彼とすれ違った蒼炎が、やがて宙で消える。
「ここは一ノ国の人々が暮らす場所……蒼炎を飛ばす方向を考え、火力も抑えなきゃならない。
だけど風属性相手なら、少しの炎でもそれなりのダメージを与えられる」
「おぉ…属性の相性が良かったんや!
せやったら、そのままの調子でイケる筈やで。
ただ、コイツの力はまだ未知数…その辺だけ気ぃ付けとき!」
「ありがとう…流石“大妖精”!」
「こんくらいの助言、朝飯前やっ!」
シズクに笑顔を送り、再び蒼炎を飛ばすナシウス。

実を言うと、ナシウスはこのようにシズクをおだて、彼の故郷・ドートン森から連れ出した。
しかし、それはあながちお世辞でなく…彼の力を見込んでの行為。
かつて、オリバー達の“二ノ国”を救う旅を、終始小さな体で支え続けたのはシズクだ。
戦闘能力を持たずして、戦闘中の彼らに的確な助言を与え、勝利へ導いた。
旅先で行き詰まった時にも、歩みを進めるための助言をしてきた。
それは、“執行者”としてオリバー達の動向を把握し、彼らと戦った経歴のあるジャボーにも分かることだ。
そして…彼の“心霊”・ナシウスがシズクを見込んだということは、ジャボーに見込まれたことに同じである。

「ナメんじゃねぇっ!!」
蒼炎が少年に迫った時、彼は透明で薄い、“鏡”のような楕円形の物体を出現させる。
それは丁度いい盾となり、蒼炎を受け止めた。
更に蒼炎が跳ね返って、ナシウスに迫る。
「…!?」
反射的に避けようと体が動き始める…が、理性により阻まれた。

先程、自分で言ったばかりではないか。
……此処は“一ノ国の人々が暮らす場所”だ、と。

「ぐううぅぅ…!」
彼の取った行動は、あえて蒼炎を受けることだ。

自分は細心の注意を払い蒼炎を出したが、相手にそんな気遣いがあるとは限らない。
“こちら”の都合のためだけに、一ノ国の者達の“居場所”を傷付けるのは気が引けた。

幸い、彼の衣服は不燃性素材の特別製なので、身体への損傷が抑えられる。
「オイッ、大丈夫かいな!?」
「…ああ、大したことはない!
君の助言 ……やっぱり的確だったよ」
それでも、相当の熱を体感したことに変わりはない。



ナシウスと少年の戦いは、人気の無い夕暮れの住宅街で、密かに激しく繰り広げられた。
跳ね返る自らの蒼炎をあえて受け…余裕があれば“鏡”出現の直前に少年を怯ませ、順調に損傷を与えるナシウス。
そうして互いの身体が煙臭くなる頃、少年を倒すまでいま少しとなった。

勿論、彼の命を奪うつもりはない。
ある程度大人しくさせ、ついでにルーフや彼自身の情報を聞き出そうと考えていた。

「タァーッ!」

突如、少年の背後に赤い光が迫る。
「なにっ…!?」
彼が振り向くと、赤い火の玉があった。
「がああぁ!!」
しかし、これではもう遅い。
火の玉がトドメとなり、少年は背中から煙を吐き…その場で倒れる。
「うぅ…邪魔ばっかりだ……」
体力面の問題だろう、立ち上がることも出来ない様子だ。
いつの間にか、右腕の鎌も引っ込んでいる。
「今のは“ファイアボール”…ま、まさか」
「…オリバー!なぜ戻ってきたんだ!?」
シズクとナシウスの目は、火の玉が飛んできた所に釘付けだった。

「ごめん……二人を放っておくなんて、無理だったよ」

そこに立つのは、“魔導王”シャザール…レイナスの亡き父より与えられた杖“バルゼノン”を手にするオリバー。
ナシウスの言うまま帰宅したかと思えば、“バルゼノン”を自宅より持ち出し、再び戻ってきた。

彼が少年に放った“ファイアボール”は、おそらく魔法使いが最初に会得する攻撃魔法…つまり初心者向けの下位魔法である。
しかし、強大な魔力を持つ“救世主”が、“魔導王の杖”を用いて放ったなら威力は段違い。
とはいえ、今のオリバーなら上位魔法も当然使える。
それは同時に、“あえて下位魔法を使った”ことを意味するが……この理由は、彼の優しさに起因するのだろう。

「さっき僕が言ったこと、その意味を分かった上での行動かい?」
ナシウスは、先ほどではないが鋭い声と眼光を放つ。
「…意味が分かったから、こうしたんだ。
なおさら放っておけないよ」
対するオリバーが、真剣な眼差しを彼に返した。
それから、倒れた少年を見る。
「事情は分からないけど…この子も放っておけない。
とりあえず、僕の家に置いておこう」
「せやな、レイラのオバハンに預けんのも危険やし…。
せやかて此処に放置、てのもあんまりやで」
「…分かった、まずはそうしよう」
こうして、少年はオリバー宅で保護されることになった。
「……ま、絶対こうなるとは思ったわ…」
一連の流れを振り返り、シズクが呟く。
ナシウスとオリバー…二人の性格を理解してこそ出た発言だろう。

夕空が夜空となるまでの間は短い。
少年の襲撃前は橙一色だった空も、今では朱に紫の加わった、美しいグラデーションを作っている。



~オリバー宅・リビング~

「ふぅ…ガキ一人運ぶのもひと苦労や」
三人で少年を運び、オリバー宅のリビングにあるソファーに横たわらせた。
更に“最低限度の”傷を癒やすため、オリバーが回復魔法“ヒール”を少年に使う。
全回復できる“ヒールオール”でないのは、再び襲われる危険性を考えてのことだ。
「余計なことを……。
……お前らみてぇのが居るから…俺は…」
そう言いかけ、少年は寝込んでしまった。
戦いでの疲労が睡魔に変化したらしい。
「お、おいっ……アカン、グッスリしてもうてん」
彼に話しかけるも、お手上げとばかりに肩をすくめるシズク。
「今はそっとしとこう…。
それより、いったい何があったの?
君達は何で此処に来たの…?」
オリバーが、シズクとナシウスに問う。
「…実はな、オリバ──」

「それは答えられない」

答えようとするシズクの言葉を、ナシウスが冷淡に断ち切った。
「ちょっ、おま…!?」
「どうして……」
これに対し、オリバーは勿論のこと、シズクすら戸惑いを見せる。
「事情を話せば、おそらく君はこの件に介入しようとする…いや、話した時点で“無関係”じゃなくなるからだ」
ナシウスは二人に言い放った。
「それは…どういう意味なの?」
更なる疑問をぶつけるオリバー。
何も分からぬまま、こんなことを言われても疑問が深まるだけだろう。
「…巻き込みたくないんだよ。
“一ノ国”で生活を営み、“一ノ国”の人々と交わって生きている今の君を…。
“救世主”だからと安易にすがりつき、“二ノ国”での問題に介入させる…そんな真似はしたくない」
この答えを聞き、オリバーもシズクも沈黙する。

それはただ純朴な想いだった。
先刻からのオリバーに対する冷遇も、彼のことを慮ってこその行動。
ジャボーの想いが実体化し、彼の所に訪れたのだ。

このことは当のオリバーに充分伝わる。
その上で、いつしか生まれた静寂を彼は破った。
「……ありがとう、ナシウス…。
だけど、僕は知りたいんだ。
二ノ国”の皆に何があったのか…。
…それに、僕はもう“無関係”じゃないと思う」
まっすぐナシウスに向けられる、彼の瞳。
透き通るような青さに、ナシウスもやや動揺した。
「今やから俺も言わせてもらうで。
何ちゅーか自分、ちと神経質過ぎとちゃうか?
あないなことがあったし、そこにコイツを巻き込みたくないってのもよー分かる。
やけど、何があったかぐらいは教えてもええと思うんよ。
…そこまでコイツを大事に思うんなら、コイツの意志もちっとは大事にしたれ」
流れに乗って発せられた、シズクの言葉。
彼にしては珍しく、静かで真剣な口調である。
「………」
二人の考えを聞き、ナシウスが押し黙った。

“一ノ国”のオリバーを、“二ノ国”の事件に巻き込みたくないのは確か。
だからこそ、彼に危険が及ばぬよう努めた。
しかし、事情すら教えない…というのは、過保護でやや横暴だったか…。

密かに反省した後、遂に重い口を開く。
「……じゃあ、話そうか。
今回二ノ国で起きたことを──」

突如、女性の悲鳴が響いた。

「なんやっ!?」
外から聞こえた声により、これまでの流れが断たれ、彼らは慌てて玄関から飛び出す。
直後、一斉に目を見開いた。



「や、やぁっ…何コレッ、何か来てるっっ…!?」
立ち止まったまま、道路で震える一般人女性。
眼前で不可思議な現象が起きていた。
そこには何も居ない。
だが、獣の足音が女性に接近してくる。
足音だけでなく、野獣の吐息や唸り声も近付く。

つまり…女性には見えない獣がコンクリートを踏みしめ、吐息を漂わせながら彼女を狙っているのだ。

「なんや、何やねん……あのごっついバケモンはあああっ!!?」
だが、三人の目に獣の姿は映っていた。
当然、“二ノ国”から来た者だろうから、“一ノ国”の人間には見えないのだ。

獣らしく四足歩行だが、容姿は人間に近い。
髪もあり、白く荒々しい長髪だ。
だが、赤い角と白い尾が生えている辺り、やはり獣に見える。

「…助けなきゃっ!!」
「ナ、ナシウス!」
三人は女性と獣の所に駆け出した。

「こ、来ないで来ないで助けて助け…」
「ガウウゥッ!!」
「いやああぁっ!?」
とうとう、女性に獣が飛びかかる…が、横腹に蒼炎を食らい、身体も横転していった。
「ななっ、なに!?」
彼女は、思わず蒼炎が来た方を目で辿る。
そこには、ナシウスとオリバーがいた。

二ノ国”の者であるナシウスまでも見えたのは、やはり彼が特殊な存在だからだ。
二ノ国では見られる相手を選ぶが、“一ノ国”の者は無条件で姿を見られる。

「ここは僕に任せて、貴女は早く逃げて下さい」
「えっ、でも…」
「僕なら大丈夫…だから早くっ!」
「は、はいっ!」
戸惑いつつ、女性はナシウスに従って駆け出した。



「さて、此処じゃやりづらいな」
「グルウウゥ……」
起き上がり、唸ってこちらを睨む獣。
ナシウスは如何に相手取るか考えつつ、それを見た。
が、赤光りする目を見た途端に目を見開く。

「エビル!?」

「えっ!?」
「な、なな何やてええぇっっ!!!?」
彼は、この獣にエビルナイトの面影を見た。
他二人も、目を凝らして獣を見る。
言われてみれば、エビルナイトと似通った部分も見られた。
「まさか…操られてもうたんか…?」
「……おそらく…。
こういうことか……ルーフの言った“解放”ってのは…」
獣の首には、銀の首輪が光る。

ジャボーが戦う最中まで、ナシウスは彼と一体化していた。
故に、彼から分離するまでの記憶も刻まれている。

ルーフが、首輪と共にエビルナイトへ残した、“解放”という言葉。
おそらく、彼女はこうして“人間からのしがらみ”、そして“理性”からエビルナイトを“解放”したつもりだろう。
だが、主にしてみれば……。

「こんなのは…“解放”どころじゃない…。
元ある自我を強引に奪い、首輪で捕らえた……“束縛”だっ!!!」

エビルナイトをこんな獣にしたルーフ、そして彼を救えなかった自分への怒りが爆発した。
ナシウスは震えるほど拳を握り……目に熱い雫を滲ませるのだった。

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            ~END~

【二ノ国小説】part4「生き地獄」【※ks&グロ注意】

皆さんこんばんちは(*・ω・)ノ

前回小説でのコメントで、散々叩いていた“体育会系向けイベント”ですが…その一つ、体育祭では何と……ウチのクラス3位でしたヽ(^o^)丿
叩いといて本番メッチャ楽しんだとか、我ながら何たるツンデレ行為!
…全く萌えないけどな!!

ジャボーは譲れぬ想いを胸に、ルーフを迎撃する。
守護の冥闇と破壊の閃光…二つの心が今、ぶつかり合った。

今回もボリュームたっぷり☆((
では今回も…ゆっくりしていってね
───────────────────────

二ノ国 magical another world

天地照光~金煌なる光の鳳凰~






「“魔導士”よ…貴公もか…?」

ルーフの眼前に浮く、黒い巨塊。
不定形なその気体は床付近に降下し、細長く伸びてとぐろを巻いた。
先端部分を天井方向に伸ばすと、それは生物の首らしき形を取る。
この一連の様子は、さながら大蛇を形作るかに見えた。

「ギャアオオオォォォオオオ!!!」

突如として響く咆哮。
それは凄まじい黒の暴風となり、壁や床…すなわち王室全体の表面を崩した。
「…!」
飛ばされまいとルーフは両脚に力を込める。
身体を風に乗り飛散する粉塵が打って、時おり傷を残した。
崩れた表面部分が更に粉砕されたのだろう。
「くぅ…」
傷付いた体に再度厳しい仕打ちを受け、僅かに顔が強ばる彼女。
やがて風が止むと、身構えて叫ぶ。

「貴公までも…人を抛つと申すか!」

最早それは気体でなかった。
暴風は気体を消し、その下の実体を露わに…。

こうして現れた長い巨体を持つ黒龍。
その身は金属的で、黒光りした鎧のような鱗に覆われている。
顔から首、尾の先端では、ジャボーの青白い面影が刻まれ輝いていた。

そう…王座の前に佇む黒龍は、ジャボー自身だ。

「“女王”も“魔導士”も……正体は化け物であった訳だ」
呟くと、ルーフは一つ金輪を出現させた。
それをすぐ大槍に変える。
「…貴公は魔法障壁を有していたな。
大いなる杖のみ剥がせる霧の鎧、我が光も通じぬか。
良かろう、しからば物理の刃にて狩ってくれる…」
眼光を飛ばすと、黒龍は蒼炎の息を吐いた。
それを跳躍して避けるルーフ。
直後に、背中から虹光の双翼が開く。
これにより空中で留まることが可能となった。
…が、更に黒い雷撃が彼女を追う。
するとルーフは宙を舞い、外れた雷は天井に衝突した。



ジャボーを黒龍に変えしこの魔法は、レイナスが発動したそれと実は同じだ。
身体を巨体とすることで、体力と魔力を増幅させる。
オリバー達と戦った際も、別の姿を持つ魔物へ変化したが…あちらは火力重視で、代償に理性を失うもの。
対してこちらは機動力を重視した。
攻撃の大半は、人間時に使用する魔法の強化版で、つまり魔法を瞬間的に使えるのだが…やはり威力はあちらに劣る上、“イーゼラー”や“ミーティアライト”などの複雑な魔法は発動不可。
その代わりあちら以上に小回りが利き、理性を失うこともない。
動作や攻撃速度の速いルーフ相手ならこちらの姿が向いており…ジャボーの策とも合致していた。



「その鱗…如何ほど強固か確かめよう」
ルーフが大槍を突き出し、空中から突進する。
その間もジャボーが吹雪や蒼炎を吐き出すが、同じ姿勢を保ち潜り抜けた。
やがて彼の胴体へ刃を突き立てた…が。
「むぅ…!」
固く鋭い音が響き、体ごと弾き飛ばされるルーフ。
そこへ雷撃が追い打ちをかけた。
「うぐっ!」
全身が硬直し、撃ち落とされる形となる。
天井の魔法陣を見下ろし、視界上部に崩れた床を映しつつ彼女は考えた。

単純に武器で叩いても、あの鱗は傷一つ付かない。
野生の竜と違い、戦闘向きにジャボーの意志で形成された身体ゆえだろう。
ならば…───────

「…速力の付加にて、刃をより鋭利にす」
翼や脚で踏ん張りを利かせ、落下を止めた直後…ルーフは大槍を投げ飛ばす。
閃光の力で特別速くなったか、矢となる大槍。
矢と見紛うまでに加速したのだ。
ジャボーが気付いた時には遅かった。
それが胴体の鱗を貫通すると、黒龍は短い悲鳴を上げる。
傷口から赤い体液が零れ、刺さった大槍を濡らした。

ここまで損傷を与えたのは、弓矢ほどの速力だけではない。
その速さで飛ぶのは、強固で巨大な刃を持つ大槍…という点が重要である。
仮に本当の矢を放っても、黒龍の鱗を貫くことは出来ない。
鱗の硬度に負け、弾かれるか折れてしまうからだ。
それ以上の速度で、かなりの硬度を持つ銃弾なら貫通も貫通だろう。
しかし、そうなったところで巨体に受ける損傷は少ない。
弾丸自体が小さいのは勿論、黒龍の筋肉構造は蛇と酷似している。
蛇と同じく腹部移動を主とするので、胴の筋肉が締まっているのだ。
故に弾丸は体内を貫通しにくく、筋肉のせいで臓器に届くかも怪しい。
そればかりか、筋力で体内の弾丸を押し出すのも容易だろう。
だが、大槍が矢の速さで飛べば…巨大な刃が鱗を貫き、筋肉を裂く。
大槍だから、鱗の鎧も筋肉の壁も突破できた。

ただ、それをあの速さで飛ばすのはかなり困難だ。
ルーフは閃光の力を付与し、実現してみせたが…これにはジャボーも度肝を抜かれる。

そんな彼をルーフが更に驚かせた。

手を触れずして、黒龍の身体から大槍を引き抜く。
金輪を浮遊させるのと同じ要領だろうか。
これを手元に引き寄せ、刃先を自らの口元に当てると…こびり付く血を舌ですくった。
それだけで彼に軽く衝撃を与えたが、ここから本当の衝撃は来る。

直後に7割ほど癒えた、ルーフの傷。

彼女は、血を飲むことで回復する力も持っていたのだ。
完治しない辺り、質や量などの条件はあり得るが。

「ひどく動揺しているな、“魔導士”。
されど、この現象は何一つ特異ではない。
生命は全て等しく、他の生命を糧に成り立っている。
我が肉体もその“理”に包含されていた、それだけのことぞ。
…ただ、“理”より外れし“女王”や貴公の生血には、霊妙なものを感ずるが」
黒龍に語りかけた後、これだけ治れば充分、と大槍の一振りで血を払うルーフ。



鱗の鎧が破られた。
彼女はそれに味を占め、先刻の槍投げを攻撃の主とするだろう。
もう鱗での防御は考えず、あの攻撃をどうにか封じなければ。
やはり狙うべきは…大槍を掴むのみならず、力を直接武器に流す両腕だ。

このように考えをまとめると、ジャボーは改めてルーフを見た。
痛みや恐怖による怯みなど、彼の心には一点も存在しない。

あるのは未知への警戒混じりの、“それでも策は破れていない”という確信のみ。







~ホットロイト・住宅街(一ノ国)~

「あの様子だと、明日も学校休みそうだな…」
「…うん。なんだか気持ちまで弱ったみたいだ」

魔法世界“二ノ国”と対をなす、現実世界“一ノ国”。
その世界にある一つの町、ホットロイト。
この町は自動車産業が盛んで、尚且つ人々が気ままな日常を送っている。
それ故か、自動車に強い魅力を見いだし、そのエンジニアを夢とする少年達もいた。
彼ら二人は、住宅街を並んで歩く。

「まあ、もともと病弱な所もあるし…レイラさんの手伝い、きっと張り切り過ぎたんだろ」
前向きな様子で話す、眼鏡が特徴的な金髪の少年。
彼の名はマークといい、14歳で不完全ながら自動車を製作したこともあった。
現在は日々、良質な自動車の開発に努めている。
彼が口にした“レイラ”という単語は、町中で牛乳屋を営む大柄な女性の名だ。
「早く元気にならないかな…シェリー」
心底不安げに言う、丸く青い眼をした茶髪の少年。
マークより一つ年下で、この歳にして母を亡くし、レイラの手助けを受けながら生活している。
彼こそ、“二ノ国”では救世主とされるオリバーだ。

そう、ホットロイトはオリバーの故郷。
彼らは学校帰りに、シェリーという少女の自宅を訪ねた後だ。
彼女は病弱で、かつて外の世界を恐れていた。
だが、オリバーの手で外に連れ出され、恐怖を克服する。
以降シェリーは学校に通い、レイラの店の手伝いを始め…オリバーやマークと友達になった。

そんな彼女が、今日は学校を休んだ。
理由が体調不良ということで、オリバーとマークが見舞いに行ったのだが…内心オリバーは、何か引っかかっている。
こちらの呼びかけに対し彼女は、一応表情を見せるものの、半ば放心しているようであった。
目も虚ろに見えた記憶がある。

実を言うと、これには“歌姫”マルの受けた“粛清”が大いに関わっていた。


二ノ国と一ノ国の人々は、魂を共有し…言わば“別次元の同一人物”の関係を一人一人持っている。
二ノ国の自分からの影響を一ノ国の者が受けたり、また逆のことも時々あるのだ。
この関係を二ノ国の人々は“魂の絆”と呼ぶ。

そしてシェリーは、二ノ国のマルと魂を共有する。
故に…マルに起きた異常事態が、シェリーの体調不良を引き起こした、と考えるのが妥当だ。

だが、オリバーにはまだ知る由もない。

ルーフ襲来のこと、彼女に仲間達が誘拐されたこと。
かつて“魂の絆”で繋がっていたジャボーが、今まさに襲撃を受け、粉骨砕身し自分を護ろうとしていることも────────

「ねえ、君たち」

反対側から車道を横切り、二人の前に立つ者がいた。
思わず彼らは足を止める。
「君たちのうち一人に用があるんだ」
愛想笑いして話すのは、銀髪をボブカットにした少年。
寄せた瞼の間に、赤い瞳が光っている。
年齢は、ちょうど二人と同い年に見えた。
「ええっと…どっちのこと?
君は一体……」
「…“救世主”の方、と言えば分かるか?」
「!」
笑ったままの少年の目と、オリバーの見開いた目が重なる。
直後、マークが怪訝そうに言った。
「おい、お前なんか怪しいな…妙なこと考えてるんじゃ──────」

「マーク、先に帰ってて!」

「オリバー!?」
少年に近付く彼を止めるオリバー。
足を止め、マークは驚いた様子で振り向いた。
「こんな得体の知れない奴…何するか分かんねーぞ!?」
少年の不気味さを察知し、オリバーの身を案じているのだ。
「大丈夫、ここは“住宅街”なんだから。
助けを呼べばすぐ人が来るさ…何かあったら僕はそうする、だから安心して」
しかし、オリバーが笑って彼を諭す。
「オリバー……。
…分かった、無茶したら承知しないぞ!」
何度かこちらを向きつつ、マークは去った。

「自分から尻尾を出したな……。
おおかた眼鏡の方は一般人、だから危険が及ばないよう逃がした、ってか。
…フフ、流石は“救世主”様だ」

少年の笑みは挑発的なものに変わる。





「どうした…体が紅々としているぞ」

赤く濡れた大槍を突き出し、ルーフは黒龍を見た。
言葉通り、黒龍の巨体から多量の赤い液が滴る。

激戦の中で天井は破壊され、いつしか彼らは夕空に浮いていた。
ルーフの両腕を狙いはしたものの、ジャボーが破壊できたのは別の部位であった。
しかし、その部位も彼の血で癒えた。
彼の流血に比例して、ルーフは回復している。

「ガアアアアァァァアアアッ!!」

残る体力を絞り出すよう咆哮し、口前に魔法陣を浮かべる黒龍。
そこから黒く太い光線が吐かれた。
全力の闇魔法にして、黒龍の姿では最強の攻撃である。
闇がルーフの全身を飲み込み、それを見届け脱力するジャボー。


もう一つの巨大化である魔物姿の際、彼は“魔導砲”という高火力攻撃を行うのだが、それには代償がある。
発動直後は反動で動けない、というものだ。
同様に、この攻撃にも反動があった。
その上、少ない体力で無理に発動したものなので、強い疲弊もある。


「何と…いうことだ……。
我が四肢が失われた………」
闇が消えし後に現れたルーフ。
大槍は何処へと飛ばされたようだ。
身体を酷く損傷し、四肢は先端から黒く染まり…古代彫刻がごとく崩壊している。
「……だが…───────」

「グギュウゥッ!!!」

下から大槍が飛び、黒龍の心臓を貫く。
「“輪”は我が一部に同じ……たとえ肉塊となろうが操れるのだよ」
虚ろだった眼は再び輝き、ジャボーを射た。
「…魔法障壁に左右されぬ体内。
そして生命の源たる臓器、心の臓へ……閃光を流してくれようぞ」
言葉と同時に、彼の体内で刃部の宝石が輝く。
その光は刃を伝い、心臓内へ届き…。

「ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアッッ!!!!」

黒龍の咆哮ながら、苦痛による絶叫なのは明白だ。
甲高く悲痛に響く声。
同時に、大量の赤黒い体液が吐き出される。
「グゲェ…ガ……カハッ……………う、ああぁ……」
苦痛で喘ぐジャボーは、元の人間へ戻った。
胸部を鷲掴む右手は震え、溢れる血で手の甲も赤い。
「哀れなり、不死の人間。
“救世主”に倒され、昇天したままなら味わうことなき苦痛ぞ…」
惨たらしい姿を見て、心底憐れむようにルーフは言った。
大槍を手元に戻し、刃の鮮血を飲むと…彼女の身体が完治する。
「やはり、心の臓の生血は絶大な生命力を誇る」

その回復条件は、血の純度であった。
体内を巡った時間が短い程、回復力も高い。
故に心臓内の、体内を巡ってすらない動脈血が最も有効。

「…何故、それまでして人を庇う?
人は冥闇を恐れ、時に悪と見なす。
闇無くして世界は保てぬのに、だ。
現在の貴公はまさしく闇……身を呈して彼らを護ろうが、未だ貴公を敵視する者もいる。
貴公にとって、現世は言わば“生き地獄”であろう?」
ルーフがジャボーに語りかける。
自らを追い込み、嫌悪してきた人間を護る行為が…彼女には純粋に疑問であった。
彼なら、人を憎む心理を多少なりとも理解できる筈、と見ていたためでもある。
彼女なりの情けを含んだ言葉に、ジャボーは…。

「フッ…フフフ………お前は…何も分かって……いない」

不気味にも思える笑いを漏らした。
「…虚勢を張るのは止めよ。
不死と言えど、心の臓をさほどに潰せば、体内の血も瞬く間に無くなり…やがて意識も途絶えよう」
目を細めるルーフ。
その目を見たジャボーは、やや荒い声で返す。
「人を甘く見過ぎだ……女…」
おもむろに右手を動かし…胸部の穴へ挿入した。
「っ……ぐぅ…!」
「なっ……」
痛みに耐える彼を見て、ルーフは呆気にとられる。
誰の目からしても、この行為は全く意味不明だろう…が。

「ああああああっ!!うああ…あっ…!」

叫びと共に、奥を蒼く光らせ、赤い煙を吐く傷口。
「貴公、何をしている…!?」
これにはルーフも驚きを隠せないが、右手を抜き出すジャボーを見て、すぐに悟った。
「もしや…“焼灼止血法”?」

“焼灼止血法”とは、傷口を焼いて塞ぎ、出血を止める止血法である。
かつて戦場で使用されていたもので、今ではこの止血法を知る者すら少ない。
ジャボーが兵士であった頃、回復魔法を使えない時の応急処置として扱われたため、当然彼も知っていた。
が、心臓の穴を塞ぐのに使うこととなったのは、彼自身予想外だ。
しかし、回復魔法も使えない彼にはこれしかなかった。

潰れた心臓なら焼いても構わない、むしろ穴を塞がねば。
さすれば体内の血液は残り、意識も保てる。
そう、“意識さえ保てれば”良いのだ。


「お前は先程……私にとっての現世を“生き地獄”と言ったな…。
……それが何だと…言うのだ。
どのみち私は、地獄に堕ちる定め……だった。
“あの子”より貰った命…無駄にしては……共に逝ける筈など、ありはしない…」
苦しみつつも、穏やかに微笑むジャボー。
脳裏に浮かぶのは…オリバーの亡き母、アリシア
かすれた声で、彼は更に話した。
「それに、私が許しを請うため…償っているとでも…思ったか……。
憎まれ続けようと結構…それでも、まだ“護りたい”と思わせてくれるんだ……この“生き地獄”は、な…。
これは私が望んだこと……お前の主観で…語られる筋合いは…ない」
その後に短く付け足す。
「…地上の者を見下げたような、お前の物言い……それも気に食わんな…。
見下げてばかりいるから……上に“何がある”かも…見抜けんのだよ」

言葉に呼応し、上空で模様が浮かんだ。
何重にもなる魔法陣が、ナナシ城全体を覆っている。

「これは…おのれ、結界か!!」
ルーフは空を見上げて叫んだ。
彼女を嘲笑うがごとく、ジャボーが更に言う。
「そうだ…私の魔力では、仕掛けるにも…時間がかかったが…。
私の意識ある限り……お前は此処を出られない…」

これぞ、ジャボーの策の要だった。
とにかく時間を稼いだのは、この結界を発動するため。
エビルナイトの首輪装着、ルーフの吸血など想定外のことはあったが、最低限これは成功させたかった。

「人間め……」
憎らしげに呟くルーフ。
だが、ジャボーに抱いた感情はそれだけでない。
血みどろとなり、執拗に足掻く彼の姿に…何故か“美しさ”を見出した。
ただ、“美しい”のは自己犠牲の姿ではなく…。
自ら人々の守護に臨み、そのために策を巧妙に練って、身を粉にする…その清い覚悟を、“美しい”と感じてしまった。

「我を再び封ずるのみならず……我が心までも惑わせるか…!」



ジャボーは自嘲の溜め息をつく。
エビルナイトに“無謀な真似はしない”と言いながら、危ない橋を進んで渡ってしまった。
…だが、この猛者相手に保身などしてられない。
自分が渡った橋に、戻り道は無いのだ。

背水の陣へ立ち、ルーフの枷となる彼。
その加護は空を駆け、次元を超え……“一ノ国”にまで及ぶ。


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            ~END~

【二ノ国小説】part3「眩中模索」【※ks&グロ注意】

皆さんこんばんちは(*・ω・)ノ

私もいつの間にやら誕生日を迎えました。
流石にみんな忙しいから、ほんと囁かに祝いましたけども^^;
……にしても秋って体育会系向けイベントばかりでダッッッルいわ((

※追記※
お受験やらタイミングの悪すぎるトゥエストゥやらあと徹夜の代償で異常な眠気と格闘していたため、かなり間が開いてしまいました…申し訳ありません!
orz≡≡≡≡ズサーッ
…その代わり結構長めになりました(´・ω・`)

着々と“罪人”達を見つけ出し、“粛清”していくルーフ。
ジャボーの策は彼女にどこまで通じるか。

では今回も…ゆっくりしていってね
───────────────────────

二ノ国 magical another world

天地照光~金煌なる光の鳳凰~





「…貴様は何者だ……?」

門前に立つエビルナイトは、眼前の者へ問う。
建前でこう言ったものの…大方見当はついていた。

その者は光と共に一瞬で現れ、足が数cmほど、城へ続く石橋から浮いている。
身体には金の欠けた輪をいくつも纏い、足元まで伸びる銀の長髪と鋭く光る赤い瞳を持つ。
そんな姿は…地に舞い降りた女神のようであった。

要するに、彼女が只者でないのは外見からして明らかなのだ。
しかも“銀髪赤眼の女”という、レイナスやボーグの兄弟を襲撃した者の特徴と一致している。

「我が名はルーフ…地上の民へ“時を超えし重罰”を下す者」
「“重罰”……やはり、お前がレイナス様とボーグの兄弟を襲撃したか」
彼はルーフを眼光で刺す。
だが、彼女は平然として言った。
「“罪人”たる彼らへ更なる重罰を与えたのだ。
そして“歌姫”も罰し、残るは“魔導士”と“救世主”のみ」
「……!?」
目を見開くエビルナイト。
また一人、彼とジャボーが気付かぬ内に襲われていた。
“歌姫”という肩書き…そこから連想されるのは一人の少女。
「マルまでも……」
悔やむエビルナイトを、ルーフは食い入るように見つめる。
そうして数秒した後、彼女は言った。
「…そこを退け、“魔導士”の“幻獣”よ。
用があるのは貴公の主だ……我々が争う道理など無い」
その言葉に、エビルナイトは無論……。

「お前に無くともこちらにはある。
…我が主を害さんとする者に……開ける道は無い!」
大剣と盾を発現させ答えた。

そんな彼を更に見つめ、目を細めるルーフ。
「……あくまで主の盾となるか。
極々ひたむきな忠誠心…だがな、我が動くのは貴公らのためでもある」
「…何?」
エビルナイトが怪訝な顔をする。
彼女はそれに応えるべく、言葉を付け足した。
「“幻獣”は心の権化…地上に点在せし心の数だけ、貴公らは生まれる。
…が、人間の心より誕生した場合じつに憫然。
何故なら、人間に従事することが決定されている。
……生まれたその瞬間から、人間の“奴隷”なのだ」
「“奴隷”だと…?」
更に険しい表情の彼。
“奴隷”という単語が妙に引っ掛かる。
「“魔導士”は貴公に何をしてきた?
…かつての奴に、情があったとは到底思えぬが」
「………」
確かに、エビルナイトが受けた仕打ちは酷である。
ジャボーは長年、非情にも彼を“戦力”として扱っていた。

だが、少なくとも“奴隷”ということは無い。
主は心を捨て切れなかったのだ。
かつての行いを深過ぎる程に悔いているのが証で、何より…─────

「ジャボー様は苦しんでいた。
お前にあの方の苦しみは理解出来ないだろう…。
それに…。
今はあの方が私を信じて下さり、私もあの方を信じられる……これで良い」
彼は目を閉じ、深呼吸して大剣を構える。

「……我らは人間の“奴隷”などではない。
互いに心を通わせ生きているのだ。
私があの方に従事するのは…私自身の意志!」
その目を見開いて言った。

「左様か…それが答えとは残念至極」
彼に対するがごとく、金輪を構えるルーフ。
「不本意だが、力を持ってして貴公を解放し…道を開こうか」
彼女の赤い瞳と青い眼光が重なった。




「……来たか…」

薄暗い部屋の奥…王座に腰掛け、静かに佇むジャボー。
これも考えあっての行動である。


初めは、己がレイナスや行方不明の兄弟を捜し、首輪をどうにか外せないか…と考えた。
しかしそこで、重大な問題に気付く。

もし城を出れば、“銀髪赤眼の女”がその間に他の者達を狙うかもしれない。
アテになる手がかりもなく彼らを捜し、外し方も分からない首輪を外す…かなりの時間を食うだろう。
比例して狙われる人間も多くなる筈。
それに、ボーグ軍や賢者など大勢の人間が捜索にあたっている。
更に一人、自分と異なる役割を担う者が…──────

少しでも被害を抑えるよう努めるのが己の役目…そう判断して、城へ女を誘導することにした。


今、女が訪れエビルナイトが相手取っている。
まず彼に指示を下そうと考えた。
比較的、自己判断に優れた“イマージェン”だが…今回ばかりは己の指示通りに動いてもらいたい。
否、でなければジャボーの策は成立しなかった。
なるべく傷付かないように、そして時間を稼げるように……。

“イマージェン”には、主からテレパシーのような形で指示を下せる。
オリバー達もこうして“イマージェン”を操っていた。

次にジャボーは、ルーフへの“読心”を試みる。
この力を使うのも久々で、ヌケガラビトの生産やオリバーの過去を知るために使って以来だ。
そもそも好きな能力ではないので、進んで使わない。
しかし、今こそ使い時ではないかと感じた。
全く不明な彼女の能力…そして目的。
僅かでも分かれば、より長く食い止めることが可能だ。

発動されたその力…だが。
「……!?」
視界全体が一転する。
全面が純白となって目に染みた。
「心が見えん……否、“この光そのもの”が奴の心か」
そう、正真正銘ルーフの心であるのだが…あまりに眩しく情報を読むことが困難だ。
レイナスの場合、彼の能力を調整して“読心”を防いでいた。
しかしこの場合はジャボーの、人の目で見るには耐えかねるものだった…ということだろう。

ただ、何も読み取れなかった訳ではない。

真っ白な空間から様々な解釈が出来る。
眩いまでの信念、全て焼き尽くすような憎悪…白一色で克明なそれらの意志。
更に凝視すればその先を読むことも出来るが、これ以上見続けたら失明してしまう。
「力が及ばぬという訳だ…」
ここで目を犠牲にするつもりはない。
断念してエビルナイトへの指示に専念した。




黒き大剣がルーフの眼前に迫る。
素早く後退すると、それは宙を切った。
彼女は即座に光弾を発射するが、ほぼ同時に盾が立ち塞がる。
硬い音を出し、そこへ弾け消える弾。

「…成る程、接近戦においては申し分ない。
だが…!」
金輪が双方とも片手剣となり、平行してエビルナイトに振り下ろされた。
「閃光は微々たる間に届く」
「なら、それを受け止めるのが我が務め!」
「!」
盾で防ぐには困難な幅を取り、平行する二つの刃。
それも盾から離れた頭上より来た…が、彼は右手の大剣で防いだ。
この場合、むしろ縦長な形状の大剣が防御に向いている。
そして彼は…。
「うぁっ!!」
盾の角でルーフの右肩を突く。
固く締まった腕からの突きは、かなりの衝撃を生んだ。
右手から片手剣が離れたばかりか、3mほど先…彼女の背後まで飛んで石橋に刺さる。
「小賢しい…」
左手の片手剣を大剣から離して、少し下がるルーフ。
もう一方のそれを抜きに行くのは危険と見たか、その場で左手の片手剣を変化させた。
「!!」
大槍となったそれは、刹那にエビルナイトを貫かんとする。
彼も避けきれず、刃が脇腹を掠めた。
「っ…」
鋭い痛みで顔を歪めるが、すぐに大剣を振る。
しかし先ほどと逆に、彼女の大槍で防がれた。
されど身体能力は外見通りなのか、向こうが押されている。
このまま力で押しきることも可能だが…。

下がれ、と少し慌てたような一声。

エビルナイトの脳内に響く、ジャボーからの指示であった。
それにより警戒すると、大槍の刃部分にある赤い宝石が発光し、放射状の光を出す。
石橋に足を滑らせ、その勢いで素早く後退。
これにより閃光から無事に逃れた、が。

今度は“上だ”と主が叫ぶ。

思わず上を見ると…いつの間にか変化した金輪が浮いている。
彼の視線とこちらを向く赤い宝石とが重なり、瞬時に光弾が降ってきた。
反射的に盾を上にかざすエビルナイト。
しかし、弾は苛烈な鞭のように盾を打つ。
「くうぅ…!」
盾を装着した左腕が押され、震えた。
そうして限界が訪れたとき、身を石橋に転がす彼。
上方向からの攻撃は、身を低くするほど当たるまでの時間を延ばせる。
故に走るのではなく、横転でそれと同じ速さを出すことを選んだ。
「今のは…あの槍が瞬時に変化したか…。
片方の武器を封じても尚この速さ……レイナス様らが敗れる訳だ」
だからルーフは“閃光”と自称したのだろう、比喩に恥じない素速さである。
弾を避けた所で身を起こすと、その雨が止んだ。

しかし、静寂。
…妙に意識させられるので、“静寂が聞こえる”と言った方が適切か。
ルーフの気配を全く感じない。
エビルナイトの心中にあるのは、今までの脅威が消えた故の不安と警戒。
「何処に消えた…!?」
左右上下、城門側を見ても見当たらない。
それどころか金輪まで消えた。
必然的に、次は背後に目が移る。
「………」
見えたのは石橋に突き刺さる片手剣。
異様な存在感を放つそれに釘付けとなった。
だがその時、前方より光が来る。
「っな…!」
思わず視線を城門側に戻した。
何も変化はない。
それでも、ルーフが来た、と感じる。
彼女はどこから来るか。どのように現れるか。
どこに──────

「言ったろう、閃光は微々たる間に届く」

背中を打つ強烈な連撃。
再び振り返ると、ルーフが石橋から“生えていた”。
「そんなっ…」
エビルナイトは目を見開く。
片手剣にできた影…そこから彼女の上半身が出ている。
“物理的に”ありえないことだが、こう考えられた。

まず変化させた金輪を上空へ飛ばし、エビルナイトが気を取られる間に片手剣の影へ潜り込んだ。
次に、自分を探す彼に城門側から光を浴びせる。
こうすることで意識を城門側へ向け、死角から金輪を手元に戻す。
そして上半身を影から出し、彼を撃つ。
この一連の流れを、動作一つ一つまでかなりの速度で行ったため、指示を下すジャボーをも欺いたのだ。

「光は影に隠れ…また裂くことも可能。
地上における絶対の法則だ」
「うぁっ……」
言葉と同時にエビルナイトは倒れ、こう悟る。

ルーフが“閃光”と称したのは“素速さ”でなく、自らの“性質”そのもの。
ほぼ人間に見える外見からか、その認識を誤った…そのため完全に翻弄されてしまったのだ。

「…それだけでなく、我と貴公ら…現代の者共とでは戦いへの意識が異なる。
生死を賭けた戦いに……美しい形などありはしない。
特に、純朴な戦士たる貴公はこれを“狡猾”と取るだろう…人への従属により、いつしか人間化されたその意識が隙を生んだのだ」
彼女は不適に笑った。
「そうだ…今や手段も選ばないのが我である。
否、選ぶ余地もない……この憎悪と信念は、人の意識ごときが捉える域にあらず」
そんなルーフが、今や化け物に見える。
下半身を影から出し、片手剣を引き抜く彼女。
それと金輪を消してこちらへ近付く姿が、這い寄る化け物として目に映った。
「うぅ……ぐ…」
立たなければ。
エビルナイトはそう考えたが、体が伴わない。
もともと光に弱い上、光弾が与える衝撃も弾丸並み。
彼が受けた鈍痛は増幅されて…指先にすら力が入らなかった。
「悪いが、貴公の動きを封殺させてもらう。
苦痛が引けば再び道を阻むやもしれん」
そうする内に、側へルーフが来る。
彼女は右手から銀の輪を出した。
武器の金輪より小振りなそれが、彼の首に近付く。
一瞬、蛇のように暴れたと思うと、完全密着する首輪となった。
「あっ……」
体が鉄塊と化す。
体重が何倍にも増量したように感じる。
「待っていろ…主を“粛清”したなら、その後に貴公を“解放”してやる」
遠のく足音と共に聞こえた言葉。
それは胸中に留まり、エビルナイトの意識も遠のいていく。

「……申し訳…ありません…………」

こう言うのを最後に、彼の意識は途絶えた。




「姿を見せろ、“魔導士”よ」
王室に入ったルーフが、声を響かせる。

「私なら既に居る」

男の声と併せ、眼前に現れた巨大な黒球。
「闇魔法か…!」
それが弾ける直前に何とか避ける、が。
「…!?」
いつの間にか、背後にも同様の物体があった。
こればかりは避けられず…。
「うああぁぁっ!!」
黒の衝撃波を全身で受け、床に倒れ込む。
「……奴の仇もあるのでな…こちらも手段は選ばん」
その男、ジャボーは部屋の上方かつ王座の真上に浮いていた。
身に纏うものや髪が、自身の魔力で揺れる。

エビルナイトが倒れたのはかなりショックで、援護し切れなかったので自責の念もあった。
だが、ここで取り乱しては彼の奮闘が無駄になる。
あくまでも気丈に振る舞い…それでも報復せずにいられなかった。
故の暗黒魔法“イーゼラー”二段構えだ。

「流石に…闇を操るだけあるな…」
震えつつ立ち上がったルーフ。
被撃箇所が黒くなり、風化した岩よろしく崩れかっている。
「…閃光が闇を裂くなら、冥闇もまた光を侵す。
“この肉体”にしてもなお、闇耐性は人以下か……」
彼女は己の体を見て呟いた。
闇に弱いらしく、イーゼラーはかなり有効なようだ。
「少々やっかいだ…が、貴公を“粛清”することに変わりはない」
「…“粛清”か、滑稽なことを言う」
「これは決定事項なのだ。
滑稽か否か…その心身で確かめるが良いぞ」
ルーフとジャボー、鋭利な二つの眼光が重なる。

「決定事項が全て上手くいくと思わんことだ……特に、他人を使う場合はな」
先に口火を切ったジャボー。
直後、全身から漆黒の気体が噴き出す。
というより…彼自身がそれになったようだ。
「では……お前を闇に誘うとしようか…」
気体は巨塊となり、王室を暗く染める。


自分を“執行者”にせしレイナスをも倒した、ルーフという女。
正直、まともに相手取って勝てるとは思えない。
だがそれでも良い。
戦うのは勝つためでなく、これ以上の被害を防ぐため。
更に、彼女は先ほど自分と“救世主”が残る“罪人”と言っていた。
最後にオリバーを襲うつもりだろう。
なら、なおのこと彼女を足止めせねば。

オリバーだけは……巻き込んでなるものか。


彼は戦う、勇ましく…そして儚く。

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            ~END~