皆さんこんばんちは( *・ω・)ノ
大変長らくお待たせしました…本当に申し訳ありませんが、ようやく小説再開です!
待ってた方がいらっしゃるか不明ですが…。
色々ありすぎて(筆者の怠惰が主な要因)こんなに月日が経ちましたが、失踪せず頑張りました!褒めなくても結構です!
しばらくぶりなため、前回と比べ劣化がひどいと個人的に思ったり。
それでもよろしい方はごゆっくりなさって下され( ゚∀゚)
お詫びも兼ね、今回はかなり長め。
ぶっちゃけもっと上手く削れたよね
真夜中にナシウスが見つけ出した、3ヶ所の怪しい地点。
そこに仲間達が居ると踏んだ一行は、その内の一つ、“ナーケルナット遺跡”を訪れる。
感覚反転、暴走するセバなどに苦戦しつつ、そこからマルを救い出した。
彼女を仲間に加え、残る地点へと向かうが…。
では今回も…ゆっくりしていってね!
───────────────────────
二ノ国 magical another world
天地照光~金煌なる光の鳳凰~
~某所上空~
「いやぁ、“飛竜”ってヤツに乗ったのは初めてだよ。
自分で飛ぶのとはまた違う感覚だ…」
新鮮な風を受け、爽快感に浸るナシウス。
ナーケルナット遺跡を出てから、一行は“飛竜”クロに乗り、次の目的地を目指す。
巨大な翼を広げ、力強く羽ばたいているこのクロは、オリバー達が魔石捜索をする最中に出会った。
本来の飼い主は“空賊王”ヘブルチだが、オリバー達に懐いてしまったので譲り受けた。
「せやろ~?
“テレポート”で行くんとはえらいちゃうで」
シズクが上機嫌の声色を発する。
一度訪れた地点に瞬間移動できる魔法“テレポート”。
これを使わず、クロでの移動に変えたのも訳があった。
異常が無ければ、“テレポート”で一向に構わない。
移動時間を省けるので、そちらの方が効率は良いのだ。
…が、先刻の遺跡を含む3ヶ所は、今や感覚異常を起こす術にかけられた。
この術だけは、未だに解く手段が不明だ。
ナシウスが言うように、術者を止める他ないのだろう。
だから遺跡を出る時も、緊急脱出用魔法“エスケープ”を使った。
遺跡などの閉鎖的空間から瞬時に脱出できるが、移動先は強制的にその付近とされる。
勿論、ソロンや兵士達も一緒。
因みに、彼らはそれぞれの故郷に戻った。
あまりにも無理をしており、これ以上動くのは危険と判断したのだ。
そして、“テレポート”で各所に行けば感覚異常も急なものとなる。
急激な変化は心身共に悪影響を与えるもの。
遺跡へ行った時も、突然の異常で吐き気や目眩がした。
なので、自分達の足で踏み入れば負担も少ないと判断し、クロに乗っての移動を選んだ。
現状はこんな所だが、肝心の次に向かう地点は…。
~ゴーストの谷・入り口前~
「おっしゃ着いたぁ~……しっかし、相変わらず気味わりぃトコやな…。
背筋ブルッてなんねん…」
「それに、油断してるとすぐ崖だ。
これで感覚異常があるなら…遺跡以上に危険で厄介さ」
一行は大陸を越え、レカ大陸の“ゴーストの谷”へ訪れる。
ボーグ帝国北西にあるこの谷の奥に、かつて伝説の杖“グラディオン”が封じられていた。
オリバー達が初めて此処を訪れたのは、シャザールに“時間旅行”で飛ばされた過去でのこと。
現在、“グラディオン”はジャボーに破壊されている。
そのため彼は、一生に一度きり時を越えられる魔法“時間旅行”をオリバー達にかけた。
自分がそれを使い、彼らが過去の“グラディオン”を持って“時間旅行”を使えば、この杖を現代に持ち帰れると図ったのだ。
だが、時を経てもおぞましい空気は不変。
“ゴーストの谷”という呼び名の通り、此処は霊魂で溢れ帰っている。
これ抜きにしても、暗く崖の多い危険地帯だ。
「じゃあ、行こう…」
おそるおそる、オリバーは“見えない境界線”を踏み越える。
「うわっ!……やっぱり慣れないよ…」
当然、感覚異常が彼を襲った。
そこで、心中にある心配事が浮かぶ。
「…あのさ、マル…君は初めてなんだよね」
言いながら、境界外に立つマルの方へ振り向く。
彼女は初めて感覚異常を味わうこととなるのだ。
故に、あまり無理はさせられないと思った。
「もし気分が悪くなったら、遠慮なく言って―――」
「大丈夫だよ、こんなのどうってことないって!」
そんな心情に反し、躊躇なく境界内へ踏み込むマル。
「きゃっ!?……あ~…ちょっとびっくりしたかな」
無論、彼女も感覚異常を引き起こす。
「で、でも大丈夫!慣れれば平気だよきっと。
早く行こ、きっと誰か待ってるよね!」
それでも、豊かな表情と明るい思考は絶やさない。
身体の不調を覆い隠す、というより無理にでも払拭している印象を受けた。
それに促されてだろうか、進む一歩一歩が軽い。
「…そうだね、もう猶予は無いから」
ナシウスの一言で、彼女を除く一行も歩き出す。
歩きつつ、彼はふと思った。
長旅…ましてや世界を回る危険な旅には、こういった思い切りが重要なのだろう。
旅慣れしていない彼は、マルから旅の心得を一つ学んだらしい。
そして、オリバーに劣らぬ“勇気”を持った少女を内心讃えた。
「ガハハハハハハッ!!
なかなかに厄介な術だが、“コイツ”さえありゃビビるこたぁねぇ!
見ろよ前ら、あっちゅー間に奥だぜ!?」
豪快な笑い声が、谷の奥から全体へ響き渡る。
その音源は…見るからに豪傑な、筋骨隆々とした男性。
蛇を模した兜を被り、悪人面に古傷が刻まれている。
この男こそ“空賊王”ヘブルチだ。
表向きは粗暴な賊だが、本来は亡国ヘイブンの遊撃部隊長であり……“四賢者”最高の力を秘めた“空の女王”サザラの家来。
そんな彼は部下を引き連れ、ボーグ帝国軍の兵士達と合同で行方不明者捜索に乗り出した。
正反対に等しい気質上、双方不仲だが目的が一致すれば互いへの協力を惜しまない。
両勢力は聖灰の件でも手を組み、オリバー達の援護に励んだ。
この件あってか、不仲と言え現在は軽度になっている。
「流石でっせお頭ぁ!
コイツが魔法天下に逆らう俺らの流儀よ!」
「驚いた……。
誰一人犠牲者を出さず、只の“道具”一つでここまで…」
彼の後ろでは、誇らしげな部下達と心底驚く兵士達が集う。
「ったりめぇよォ!!
チンケな罠にいちいち突っ掛かったら、世界なんざ回れちゃいねぇぜ」
自信に溢れた笑顔で彼らの方へ振り返る。
「……ぁん?」
眉を潜めるヘブルチ。
自分達より後方で、いくつか人影が揺れるのを見たのだ。
それらは徐々に大きくなり、同時に鮮明となる。
「アレは…小僧共じゃねぇか!?」
彼らが顔見知りだと判断するのに、そう時間はかからない。
「ヘ、ヘブルチさん…!?
空賊の人達にボーグの兵士さん達も…」
それらは、やっとのこと此所まで辿り着いたオリバー達であった。
ヘブルチらの元へ駆け寄り、第一の問いかけをする。
「ヘブルチさん達も皆を捜しに来たの!?」
「おうよ…その様子じゃ、お前らもお仲間捜しの旅してんだろ?」
「うんっ!」
少年のオリバーとも親しく話すヘブルチ。
相手の年齢や性別に関わらず、一様に接する性格のようだ。
彼の場合、それが恐怖感を与える要因ともなり得るが…。
「おっ、珍しい奴が居たモンだ…。
確かお前、胡散臭ぇ魔導士……のパチモンだな?」
唐突に丸くした目を、ナシウスに向ける。
「…胡散臭くないし、パチモンでもないっ!」
不服げに頬を膨らますナシウス。
「ガハハッ…わりぃわりぃ、ジョークだ」
ヘブルチは、それを笑い飛ばし謝った。
空飛ぶ者同士、彼らは良く接触する。
自然と交流も増えていき、こんな軽口を叩き合う仲になった。
ナシウスがよく顔を合わせるのは、不定の場所を放浪する者達で、その手の者と親しくなることが多い。
「それにしても…魔法とか使わないで、よくここまで行けたね」
マルが疑問混じりに言った。
「ガハハハ……なんと、“コイツ”さえありゃ魔法も何も要らねぇのさ」
笑いつつ、手元の“道具”を高々と見せつけるヘブルチ。
そこに収まっていた物は…。
「えっ…方位磁石!?」
マルの目が大きく見開かれる。
こんな道具だけで、本当に感覚異常を抱え険しい谷を越えたのか。
オリバー達の脳裏に浮かぶ疑問は一致した。
「なぁに、至極単純な話よ……狂っちまったのは俺らの“感覚”だろ?」
表情からそれを見透かしたか、ヘブルチが誇らしげに説明を始める。
「つまりよぉ…此処の方角がひっくり返った訳でも、地形が変わった訳でもねぇのさ。
だからコイツは正しく方角を示してた……異常で苦しむ俺達を、変わらず導いてくれたのよ」
話しつつ、方位磁石に真っ直ぐ落ちる視線。
豪快な乱暴者には珍しい、複雑な感情に満ちたそれから慈愛のようなものが感じられた。
彼につられ、オリバー達の視線も思わず方位磁石に殺到。
黄ばんだ文字盤を包む金属は、元の銀色がくすみ赤錆を帯びており…相当年期が入っていると一目で分かる。
おそらく、この方位磁石は長年ヘブルチの旅に同行し、同じ時を歩んできたのだろう。
ならば、彼にとって思い入れの深い代物に違いない。
魔法を使えぬからこそ、“道具”で限界を補い進んでいく。
ヘブルチが言うように至極単純な話だが、“道具”に頼らず“魔法”に頼る者達には盲点となり得るだろう。
「…そんでよ、ついでにこんなブツを拾ってきた」
おもむろに、ベルトへ装着した革製鞄をまさぐる彼。
大きい物を強引に詰め込んだか、歪に膨れて破裂しそうだ。
「チッ…あぁ、クソッタレ…」
当然取り出すのもひと苦労。
詰め込んだ本人が苛立ちを露にした。
次に、内側を圧迫している物を無理やり引っ張る。
「んおぉっと!」
結果…それは結構な勢いで外に飛び出し、ヘブルチ自身が驚かされた。
「ふぅ……コイツがそのブツだぁ」
「ちょっ、それって…!」
そして次に驚くのはオリバー達。
目を見開くマルが指差す先に…ジャイロ愛用の銃があった。
「何という耐久力……されど…直に陽は昇る…。
さすれば、そのおぞましき肉叢も……――――」
名も無き孤城の立つ湖。
薄暗いそこを、陽光がまさに照らそうとする。
この長い夜間、孤城の中では激戦が続いた。
余裕を見せていたルーフも、終わりが見えない戦いで疲弊している様子。
いくら力量差があれど、“決して倒れぬ者”を相手取れば必然的に限界が訪れるのだ。
ナシウスやエビルナイトと同じく、ジャボーも闇夜から恩恵を受ける性質を持つ。
厳密には、彼の性質がその二人に継がれたと言うのが適切。
二人を生み出した本体ゆえ、受ける恩恵は凄まじい。
不死の肉体に、人間を少し上回る再生力を持つ彼だが…夜間や暗所に置かれると更にそれは増す。
こうなれば、物理攻撃で押すのも難儀となる。
それこそ、グラディオンやバルゼノンのような“伝説の杖”から放つ光でなければ、弱らせることすらままならない。
まさしく、この世の闇という闇全てがジャボーの味方となる。
世間で“漆黒の魔導士に対抗できるのは伝説の杖のみ”とされる由縁には、ダークミストの他にこの性質も含まれていた。
ルーフとの戦闘中にもその効果が出ている。
一晩経つまで足止め出来た理由もそれだ。
魔力探知で銀髪少年が察した通り、彼女は精神的に追い詰められていった。
しかし、絶大な力をもたらす魔の時間は直に終わる。
「…そうだな………が、徒労に終わる訳でもなさそうだ…」
にも関わらず、穏やかに微笑むジャボー。
吐息混じりに紡ぐ言葉から、相当な疲労が伺えた。
「何…?」
その態度を見ると、ルーフは眉を潜める。
精神的に追い詰められはしたが、肉体的にジャボーを追い詰めたのはこちらだ。
夜明けが来れば、体力も再生力も下がり……いつ倒れてもおかしくない筈。
だのに、彼から微塵も焦燥や不安を感じられない。
「お前を動かす導因だけは“見えた”よ……。
成る程、“あの事変”か…筋は通る」
「貴公、見たのか…見えたのか。
戦の最中、我が胸中を……」
気付かぬ内に“読心”されていた。
その事実に、僅かな驚きを見せるルーフ。
「本来見れたものではないが……疲弊の影響でもあったか、一部は覗けた。
その信念とやらに、闇を投じるぐらいは出来たらしいな…」
戦闘中に彼女の動揺を感じたジャボーは、再度“読心”を試みていた。
“今なら覗けるかもしれない”と考えたのもある。
が、それより純粋に知りたいと思った。
彼女の動機は何か、何故これ程人間を怨むのか…。
「しからば解せるであろう?
傍若無人なる人の行い、彼奴らが犯せし重罰……そして、魔物性を」
ルーフの表情が一際険しくなる。
「されど尚、邪魔立てするか?」
「…ああ、それでも譲ってやれんな」
対して、ジャボーは穏やか且つ明確に答えた。
「……結句、貴公も人である訳だ」
答えを聞き、溜め息のあと大槍を一振りするルーフ。
刃を劣化させぬよう、返り血を払ったのだろう。
「いつの世も、貴公らは斯様にして罪を忘れ、記憶に伴い無きものにせんとする。
しかほど人を、“救世主”を護りたくば…夜明けと共に終焉を与えようぞ」
ジャボーを赤の眼光で刺し、喉元に刃先を向けた。
「ふふっ……やはり、人間のことなど何も分からんようだ。
私怨に囚われ…思考停止した者の“粛清”など、滑稽極まりなかろう…?」
彼はそれをも一笑し、 傷だらけの杖で“イーゼラー”のルーンを描く。
「説き伏せるのが不可能であるなら……出し惜しみはせぬ」
すると、ルーフが放つ眼光はより鋭利になる。
「“魔導士”め…人に全を賭すか」
彼が形成した、宙に浮かぶ巨大な黒球。
それから絞り出された魔力を感じると、大槍を投げ飛ばすルーフ。
彼女に特別な防御手段はない。
防御よりも、相手の生き血による再生を重視しているためである。
故に、負傷を覚悟してトドメを刺すことを選んだ。
「人間にしろ…“救世主”にしろ、お前よりは理解しているつもりでな……理由はそれだけだ」
黒球が弾けると、結界一杯まで黒い衝撃波が飛び交う。
その様は、結界内で黒い嵐が発生したように見える。
「うぐっ、くうぅ……ぁあああああっ!!」
想定外の攻撃範囲に、逃げ場を失ったルーフ。
彼女には、嵐を耐えるほか術が無い。
先ほど投げた大槍も、あまりの圧で何処へ飛ばされる。
身体中が黒く崩壊するのは、瞬く間のことであった。
レイナス達を捜索、更に救助するための時間は充分稼げた筈。
後のことはナシウス……そして人間達に託そう。
上がる口端から、生ぬるい赤の雫が落ちた。
「も~、よりにもよって“此処”だなんてっ!」
何故か不機嫌そうなマル。
ヘブルチ達と合流したオリバー達は、共に谷の最奥を目指している。
ヘブルチが探索中拾った銃により、此処に連行されたのはジャイロだと確定した。
それは大きな収穫で、一行としては喜ばしいことなのだが……。
「何でさっきから怒ってるのさ?」
無神経にも、率直に質問するナシウス。
「怒ってない!!」
マルの叱声で、一瞬肩が跳ねた。
「おぅっ!? ……あ、そうなんだ…ごめん」
心を破壊されたジャイロが此処に居る。
それを知るや、どういう訳かマルが機嫌を損ねた。
この現象がナシウスの気にかかっている。
「止めとき…よー分からんモンいろたら、ろくなことならんで」
「ジャイロのこととなると、すぐ不機嫌になるんだよ…理由は分からないけど」
オリバーとシズクの二人が、小声で彼に教えた。
「分かっとらんのかいっ!」
間髪入れず、オリバーの発言に突っ込むシズク。
「よもや二人ともガキンチョとは……たまげたわぁ…。
年の差半端ないんに、なぁ~…」
それから、オリバーとナシウスの顔を見て嘆く。
「えっ…シズク、それってどういうこと?」
「何言ってるか全然分からないよ?」
二人が同じ仕草で首をかしげる。
この様子を見て、シズクは長いため息をついた。
魂を共有していた二人だけあり、異性について至極疎い節がある。
唯一の家族たるアリーの寵愛を受け、人一倍純真な少年に成長したオリバー。
若年で命を棄てて以降、“漆黒の魔導士”として浮世離れした時を長年過ごしたジャボー、及びナシウス。
こんな境遇により、彼らのそういった面が一層強まった。
故に、少女特有の複雑怪奇な心情を察するのは…土台無理な話だろう。
「ガハハハ!あの盗人がそんな気にかかるかぁ!?
全く隅に置けんぜ小娘!」
何となく心情は読めるのだが、扱い方を知らぬ男が一人。
「茶化さないで、そんなんじゃないから」
「お、おう…」
冗談のつもりのからかいを、冷淡にあしらうマル。
これまた無神経なヘブルチの言葉で、不機嫌が更に悪化した。
「…まったく」
たじろぐ男性陣の先頭を歩き、マルは荒ぶる足取りで奥へ進む。
あの臆病者を、こんな場所へ置く訳にいかぬではないか。
この不機嫌は、ジャイロを案じるが故に起きていた。
「…アレ?感覚が……って何なの、これ!?」
ややあって、最奥まで辿り着いた一行。
遺跡の最奥に着いた時と同様、感覚が元通りとなった。
此処には、かつてグラディオンを封じていた祭壇があるが…。
「地形変わっとるやんけ!」
彼らの前に広がる岩盤は、激しく抉られ削られている。
このため、シズクの言葉通り地形が変わっていた。
「皆、気を付けて…あそこに何か居る!」
その存在にいち早く気付いたのはオリバー。
奥の祭壇付近で“異形”が佇む。
彼の声が契機となったか、それはゆっくりとこちらを振り向く。
…という表現は誤り、実際は頭部だけがこちらを向いた。
「ぎゃあっ!?」
「くっ…首、が…!?」
あまりに奇怪な動作で、小気味いい悲鳴を上げるシズク。
盗賊や兵士といった、屈強な男達すら動揺させられた。
「ビーーッ!ビーーーッ!!」
突如、機械から発せられるような警報が鳴り響く。
これと対応し、異形の両目は赤く点滅。
音源が彼であるのを察するのは容易だ。
ただ、どう聞こうと生物の鳴き声に思えない。
異形の体内に警報器が存在する、と考える方が納得できた。
その状態を保ったまま、異形がオリバー達に歩み寄る。
遅々としながら力強い歩みは、空気を瞬時に凍てつかせていく。
「…来るよ、気を付けて」
「うん…分かってる」
ナシウスの忠告に答えるオリバー。
これを合図に全員が身構えた。
暗闇から、重量感溢れる足音を響かせる異形。
次第に明らかとなるその姿は、案の定機械の様…それどころか、機械そのものを思わせた。
と言っても、全身から歯車や導線が剥き出す歪な姿だ。
その上全体像は有機的で、簡潔に表すなら獣人を象っている。
更に、霧が漂う足元や…身体に絡む古びた包帯は、亡霊のようでもある。
暴走したセバと同様、感情の読めぬ混沌とした姿であった。
「アレ、もしかして!」
「もしかしなくともアイツやろな」
そんな姿形からも、マル達はとある者を思い出す。
「…ブロッケン……」
面影や、これまでの出来事から悟った正体。
それはジャイロのイマージェン、ブロッケンだ。
此処にジャイロが眠るなら、彼を主とするブロッケンが操られようとおかしくはない。
彼らが受けた仕打ちは、マルとセバのそれと同じなのだ。
「プシューーー……」
太い管を持つ口元からスチームを吐き、ブロッケンが重いボディを揺らす。
「ビーーーーッ!!ビーーーーーーッ!!」
一際大きな警報を鳴らすと、急にこちらへ駆け出した。
「来るよっ!」
とはいえ、案の定大した速度は出ない。
降り下ろされる拳は無事に全員回避できた。
代わりに、彼らはその凄まじい威力を見せつけられる。
空振る拳は岩盤へ叩きつけられ、同時に直径5mはあるクレーターと、木の根のごとき亀裂を生み出す。
良く見ると…拳の先で歯車が高速回転していた。
これが更に岩を抉り取ったのだろう。
「地面が…あんなに抉れた……!?」
「それも一瞬で…」
全員、特に兵士達から血の気が引いた。
あの拳を人が受ければどうなることか…。
おそらく、ボーグが誇る鎧すら紙屑同然に――――
そんな想像が、鎧で守られた兵士達を震撼させていく。
「…なぁに怖じ気づいてんだテメェら!」
彼らに喝を入れる一声。
それはヘブルチのものであった。
彼は兵士達…それだけでなく全員の顔を見据えて腕を組む。
「クニを守る兵士様が此所で退くかぁ!?
世界を又にかける空賊様がンなトコで止まる気かぁ!?
…ダチ助けに来たご一行様が逃げ帰って良いのかぁっ!?」
奥に潜んだ闘志を引き出すため、あえて挑発的な言葉を選んでいく。
だが…。
「そうは言っても…奴に殴られたら終わりだぞ!」
「そうでっせお頭!こればっかりは兵士連中の言う通りだぁ」
「何ぼ何でも、アイツには近寄れんぞ?
そこんトコどない!?」
当然、簡単に引き出せはしない。
反感を買うばかりだった。
「…フンッ」
彼らの反応を鼻で笑うヘブルチ。
「近付けなきゃどうしようもねぇってのか?
ソイツは違うなぁ……」
今度は体勢を整えたブロッケンを睨む。
それで目を付けられたか、彼一点狙いで突進された。
「来いや脳筋野郎、こう見えて俺様は頭脳派だぁ!」
殴られる直前で横へ避け、すかさず鞄をまさぐるヘブルチ。
「わりぃな同業者…勝手に借りっぞ!!」
そこから取り出したのは…。
「アレってジャイロの…!?」
マルが察する通り、彼が拾ったジャイロの銃だ。
ヘブルチがブロッケンの片脚目掛け、すかさず引き金を引く。
それは見事命中し、軽症であるものの動きを鈍らせた。
刀剣だけでなく、クラフターなど様々な武具を持つ彼には雑作もないのだろうか。
「よく聞けぇ!」
しかし、それだけで彼は容赦しない。
もう片方の脚も撃ち、完全にブロッケンの体勢を崩す。
「コイツは遠くからブッ放せるメンツで引き付ける!
それ以外は…この隙にあのコソドロを捜せ!
全力でだぞ、いいなっ!?」
「ヘブルチさん…」
手際よく、効率よく行動する彼にオリバー達一同は圧倒された。
「……分かりやしたぜお頭ぁ!
おい、さっさと捜すぞお前ら!そこの兵隊もついてこいっ!!」
ヘブルチの部下、その一人が奥の祭壇へと向かう。
ジャイロが居るとするなら、祭壇の内部かその周囲であろう。
それより手前は既に見た箇所だ。
「あたぼうよォ!」
「今回はあの盗人の言う通り、か…やむを得ない!
我らとてロデッ……ジャイロ殿の発見が最優先なのだ」
それに他の盗賊や兵士達も続く。
「さぁて、残るテメェらは…どーすんだぁ?」
その場に残った者達へ笑いかけるヘブルチ。
彼の眼前に並ぶのは、決意を固めたオリバー達だった。
「どうせ答えは一択なんだろ?」
対するナシウスが、不適な笑顔で聞き返す。
「だよねぇ…私にだって分かるよ」
「聞くまでもないわなぁ」
マルとシズクも、確信に満ちた笑みを浮かべる。
「…一緒に戦おう、ヘブルチさん!」
皆が悟り、決意する答えをオリバーが言葉にした。
「ガハハハハハッ……いい返事だなぁ、それでこそテメェらだ!!」
オリバー一行も戦闘形態に入り、体勢を整え直すブロックを見据える。
今回ばかりは、ルッチやエビルナイトなど接近戦特化のイマージェンを出すのはあまりに危険。
彼らの脳裏にそんな考えが過った。
~ゴーストの谷・祭壇内部~
「中が狭くて助かったなぁ…」
「ああ…彼が居るとするなら、もう“この中”の他にない」
祭壇内部、暗い地下室に入った盗賊と兵士達。
その内一人の兵士が、部屋の中央に置かれた棺を明かりで照らす。
すると全員の視線がそこに集中した。
「…よぉし、一斉に持ち上げんぞ。
兵士連中もへたばんじゃねーぜ!?」
「盗人共め…我らを軽んじるにも程がある!」
盗賊らと兵士ら、全員が重く巨大なそれの蓋に手をかける。
「せえぇのぉっ!!」
浮き上がる蓋を慎重に置き、怖ず怖ずと棺を覗き込んだ。
「……ジャイロ…殿」
兵士の一人が、掠れた第一声を絞り出す。
首輪に呪われしジャイロは、火葬前の遺体よろしくそこで眠っていた。
そして…全身にはルーフと戦った痛々しい証が刻まれている。
「安心しな…脈はある」
また盗賊の一人が、彼の脈動を確認する。
あくまでルーフが壊すは心か、とどめを刺されていない。
だが、程度として重傷な生傷もある。
深く、されど命を奪わぬ傷を刻まれ…昏睡したまま秘境に放置される。
“生かさず殺さず”という表現が相応しい。
そんな仕打ちを彼は受けていた。
「これが奴の言う……“粛清”か…?」
新たに一人の兵士が呟く。
顔が引きつったまま硬直している。
「…悪趣味なヤローだ、反吐が出る」
一人の盗賊は、棺から逸らした顔に明らかな嫌悪の情を表す。
まさに反吐のごとく言葉を吐き捨てた。
息があるにも関わらず、昏睡状態のまま棺に閉じ込められる。
生きた人間を屍扱いする行為に、嫌悪感を抱かぬ者は居ない。
「あの歯車…危ないったらないわ!」
「うん、掠っただけでも凄く痛い…」
ブロッケンの動き一つ一つは単純。
…と言っても、“絶対に当たらない”という条件付きでは戦闘が難しい。
「…だけど、このままなら」
シズクと会話するオリバーの瞳が自信に満ちた。
どんな威力を誇ろうが、単調な動きの敵を倒すことなど彼らには容易い。
「ギギギギ……ギ…ギギ…」
それに、ブロッケンの体力は順調に削がれている。
錆びた金属のような呻き声も、その証であろう。
「ああ、一気に畳みかけたろうじゃねぇか!」
止めとばかりに、容赦なく彼を撃つヘブルチ。
重く、崩れかかった鉄塊は弾丸を受ける他ない――――
「んなっ!?」
…と思いきや、それは当たる直前に消滅した。
厳密には蒸発したのだが、何せ一瞬のことなのでそう見えるのだ。
「ねぇ、何これ……暑い、急に暑くなったよ…?」
新たな異変にいち早く気付くマル。
「…ホンマやん……ごっつ汗出てきよった!」
全員の肢体から汗が流れ落ちる。
その量は尋常ではない。
彼らの全身を濡らし、汗腺の閉塞を許さなかった。
「クソッ…タレェ……どう考えても…アイツが熱源だろがあぁ…!」
荒い息を吐き、ブロッケンを睨むヘブルチ。
その先では、膝をついたまま静止するブロッケンの姿があった。
ただ…ボディからところどころ煙が噴出しており、彼を乗せた地面はうっすら赤く発光している。
故に、彼自身が高温なのは明白だ。
「…違いない」
ナシウス含む全員が納得した。
「プシューー……」
突如、煙を吐きながら立つブロッケン。
握り拳を囲う歯車も、熱で赤々と発光していた。
「ビィーーーーーーーッ!!」
それを振り上げるや、警告音を鳴らしてこちらの方に突進する。
拳自体を回避するのは容易であったが…。
「きゃああっ!」
抉られた範囲が瞬時に熱せられ、衝撃で高温の破片が飛び散る。
運悪くというべき…もしくは意図的に狙われたか、最も防御の手薄なマルへ大量に降りかかった。
「マルッ…!!」
咄嗟に“オーラバリア”のルーンを描くオリバー。
しかし、発動した所で間に合うだろうか……。
「っ……!」
反射的に、マルは目を固く閉じる。
「あ゛あ゛あ゛あァーーッ!!!」
絶叫を発したのは、共に戦うセバであった。
「…え?」
その声には勿論、自分が無事であることにも不安を覚えるマル。
おそるおそる目を開くと……セバが背中より煙を立て、その場に崩れていた。
「セバ…?…セバッ!」
「良かっ…た……無傷で…。
自分を守る暇、無かったん…だよねぇ……へへ」
精一杯の強がりか、弱々しく笑う彼女。
それで痛々しさが増しているのに気付かない。
「何よ…何笑ってるのっ!?」
「ごめん…なさい」
主から叱声を受け、縮こまった彼女の背中。
そこの火傷が、優しく暖かい光に包まれる。
「……ありがとう。
でも、セバのそんな姿…見たくないよ…」
自然と、主は癒しの音色を奏でていた。
白い指がハープの弦を弾く度、セバの火傷は癒えていく。
一命を取り留めたのが不幸中の幸いか。
「マル……」
「貴女は少し休んでて。
少しでも“お返し”しないと気が済まないの、私」
一旦セバを心中に入れ、ブロッケンを正視するマル。
そう言うものの…自分に何が出来るのだろうか。
単純な攻防では、どうしてもオリバー達に劣る。
なら、自分にしか出来ないことがある筈。
イマージェンを惹き寄せる歌が、荒れた心を癒せる歌が……。
「…よし、分かった」
少し思考した後で一言呟く。
「プシューーー…」
熱調整のため、煙を吐いたブロッケン。
視線が合った者を狙う性質か、まだ彼女を標的としている。
「ビィーーーーーッ!」
その拳は、再び同じ者に向けられた。
「少しは…自分でやったことを自覚しなさぁいっ!!」
ブロッケンに叱声を浴びせると、何を思ったか“大地の歌”の伴奏を始めたマル。
「何してる!?早く逃げないと――――」
意図を理解する前に、ナシウスの声帯は逃走を促す言葉を発するが…。
「ッ……!!」
驚いたことに、灼熱の拳が一瞬で止まる。
そのまま硬直し、微動だにしなくなった。
細かく言えば、身体が硬直するなか拳だけが小刻みに震えている。
「何じゃあ!?」
「あっ、もしかしてそれ…」
シズクが戸惑う一方、真っ先に意図を察したオリバー。
「そうだよ、この子のお気に入り!」
振り向くマルの顔には輝きが戻っていた。
「やっぱり……ブロッケン、その歌を凄く気に入ってたもんね」
「あ、せやからそいつが刺激になったっちゅーことか!?」
オリバーとシズクは知っていた。
戦闘に明け暮れるイマージェン達に、一時の安らぎを与えた何よりのもの…それがマルの歌であると。
野生のものすら魅了するそれに、癒やされぬイマージェンは皆無。
彼女の歌は3曲あって、“空の歌”、“大地の歌”、“海の歌”とそれぞれ自然現象をテーマにしている。
その内ブロッケンが気に入っていたのが“大地の歌”だ。
「そういうことだったのか…」
「そーいうこと、私だってちゃんと分かってるんだよ」
納得したナシウスに、自信満々の顔を見せるマル。
「…じゃ、今度こそ畳みかけるしかねぇわなぁ?」
負けず劣らず、ヘブルチが不敵な笑みを取り戻した。
急激な風向きの変化を察知したためか。
「小僧!もうちっとアイツの頭冷やしちまえ!」
「あっ…うん!」
冷やせ、と言われれば一つしかあるまい。
「おいで、グレイ!」
呼び出す魔法“召喚”のルーンを描くと、瞬く間に大氷河穴の氷狼・アングレイクが出現した。
愛称“グレイ”の彼は、幾度となく呼ばれ敵に凍てつく吐息を吹き付けている。
当然ながら、今回も摂氏零度以下の世界へ誘ってみせた。
「ギッ…ギギギ……」
ブロッケンのボディが急激に冷めゆく。
それを通り越し、体表を霜で飾り付けられた。
弱点の冷気を受けたせいか、これまでにない呻きで苦痛を訴える彼。
声すら弱々しく凍てつき、猛吹雪に飲まれていった。
「ありがとう、助かったよ!」
召喚した魔物達への礼は欠かさぬオリバー。
主の礼を受け、彼らは颯爽と元いた場所へ帰る。
今回もそうなる筈であったが……。
「……」
魔方陣によって瞬間移動される間際、グレイは主を静かに見つめた。
「グレイ…?」
意味深な視線を露骨に受け、オリバーの顔が曇る。
答えを知る間もなくグレイは去った。
ナシウス曰く、感覚異常は大氷河穴でも起こるらしいが――――
「ガ、ギ…ギ…ビ…ギィーーーーーーー!!!」
壊れたラジオから鳴るように、歪な警告音が響く。
機械的であり、腹底から飛び出す絶叫のようでもあった。
それによって自らを奮起させ、再び熱を溜めるブロッケン。
並みならぬ冷気を受けての焦燥か、ボディを溶かす勢いで急激に体温を上げていった。
「テメェら、ボサッとしねぇでさっさととっちめんだよっ!」
このままでは、マルやオリバーがもたらしたチャンスも水の泡。
焦燥に駆られるのはこちらも同じ。
こう考えてか、ヘブルチは弾を惜しまず撃ちまくった。
それも乱れ撃ちとは違う、確実に急所を突いた集中攻撃である。
弾を溶かす温度には達しないようで、ボディがひび割れていく。
だが、こんな隙もほんの僅か…途中から弾の蒸発する音、焦げた金属の形容しがたい臭いが漂い始めた。
「チッ、また元通りかよ!!」
「いや…これなら氷魔法も通用する!」
ナシウスが敵を直視して言う。
蒼炎以外に攻撃方法を持たぬ彼には、手出しの出来ない状況だ。
ブロッケンが熱を溜める前には加勢していたが、言うまでもなく今では逆効果。
出来ることと言えば、一歩引いて状況判断くらいだろう…と判断した。
だからこそ、ブロッケンに開いた細かい穴をいち早く見つけたのである。
「体内に氷魔法が染み渡れば…今度こそ」
直後にマルを見つめた。
「…うん、私に任せてっ!」
彼の意図を確かに汲み取り、二度目の演奏を始めるマル。
「ッ……ギ…ィ」
それこそ、魔法による呪縛のような効果を発揮した。
ナシウスは、直接氷魔法を使えるオリバーでなくマルにことを託した。
それは、魔法の詠唱時間を考えてのことである。
まず、オリバーが使う氷魔法には先程の“召喚・吹雪ブレス”に加え、下位魔法の“氷結”が存在する。
“氷結”なら即時に発動できるものの、威力はかなり劣ってしまう。
そして、高温なボディに“氷結”程度の冷気は無力。
必然的に“吹雪ブレス”を使わざるを得ない。
その代償に長い詠唱時間が必要なのだ。
この二つに限らずとも、魔法の詠唱時間は効果が絶大であるほど長引く。
だから、ブロッケンの動きを封じられるマルの歌に賭けるのだった。
「グレイ、もう一度お願い!」
またも氷狼は呼び出され、止めの冷気を吐き出す。
「ギギ、ギッ…ギィーー……」
悲鳴を上げる体力もなく、ブロッケンは極寒の中倒れた。
「ありがとう…」
主の言葉を聞き、颯爽と去ろうとするアングレイク。
「あ、あの!」
それを引き留めるオリバー。
「そっちの方にも何かあったんだよね?
待ってて、すぐに行くから……」
氷狼は目を細め、彼を見てから去る。
つり上がった目尻が下がっているように見えた。
「ギギ、ギ……」
未だ抵抗するつもりか、ブロッケンがボディを軋ませて蠢く。
「おらあぁっ!!」
その眉間に、容赦なくヘブルチが弾丸を当てた。
「ッ…………」
重々しい音と共にブロッケンが倒れ、一行は戦いからようやく解放されるのだった。
「“女王”以下と貴公を侮り、傲った。
我が策を狂わせしは、ただ一点の慢心なり」
激戦後に迎えたのは、恐ろしいまでに静寂な夜明け。
言葉を放つルーフも、涼しげな態度に反し重傷である。
魔力を限界まで込められた“イーゼラー”は、彼女の身体を瞬く間に削った。
お陰であらゆる部分が抉れ、黒い傷口が全身に広がっている。
「斯様に執念を持つ者は、よめる程しか見知らぬ」
赤い瞳が向く先に、同じ程赤い男がいた。
「そうだな…貴公は彼奴を想起させる。
そも同じ“執行者”とは、何たる因果……」
否、身を赤く染めているのだ。
「…何を言おうと、最早届かぬか」
何によってかと言えば勿論……。
「こうならば我も急かねばならぬ。
残すは“救世主”ただ一人……信念は赦そうぞ、“魔導士”」
夥しい量の出血によるものだった。
これだけの血液があればルーフもある程度再生できる筈だが、そうしなかったのは礼儀か、誇りによるものか。
術者の衰弱に比例して、結界も消滅してしまったらしい。
男に例の首輪を取り付け、ルーフは光となり何処かへ去った。
彼女との激戦で廃墟同然に崩壊したナナシ城。
天井や壁を半分以上失った王室に、ジャボーただ一人が取り残される。
莫大な魔力の放出、著しく削られていった体力による疲労は凄まじい。
故に立つこともままならず、倒れかけの身体を震えた両手で支える姿勢をとっていた。
「…フフッ……何と、無様な……」
彼は自嘲気味に笑う。
それもその筈、出血の原因はルーフからの攻撃…それだけではない。
限界超えの魔力を無理矢理引き出した反動である。
不死で人より再生力があるとは言え、身体の耐久性は一般人と何ら変わらないのだ。
その脆い器から、本来危険な聖灰の魔力を引き出せば負担も大きい。
先天的に持った魔力すら、限度を超えて引き出せば精神面・肉体面共に負担がかかる。
「うっ…おぇええぅぇえ!!……えぇ、ぐぅ……っ……!」喉奥より吐瀉物よろしく赤黒い液体がぶち撒かれ、床を汚した。
肉体の内、最も脆弱な部位はやはり臓器。
骨格、筋肉、皮膚といった具合で厳重に覆われているのが証と言えよう。
それ故、必然的に有害物質や病の影響もまずそこに出る。
これと同じく、臓器が魔力の負荷に最も弱い。
己の内側から放出されるもの、というのも一因だ。
彼も魔力に臓器、それもほぼ全てを壊されたのだろう…あらゆる箇所からの出血が止まらなかった。
更に、首元にはあの忌まわしき首輪が。
次は精神を破壊し尽くされる番だろう……。
「結局……………………か…」
こんな形で己の“人間”を実感する心境は如何なるものか。
虚ろな眼から血涙を滴らせ、血反吐にまみれる自らをどう評したか。
誰にも知られぬまま、強制的に眠らされていった。
「ブロッケン!?ブロッケン!」
倒れたブロッケンの姿はやはりそのままで、微動だにせず仰向けである。
撃った箇所が箇所なだけに、駆け寄るオリバー達は彼の生命を案じた。
「落ち着いて、脈はある……脈?か分かんないけど、何か動いてるから生きてるよ!」
とりあえず首に触れるマル。
機械的な容姿ゆえ、脈拍か不明だがそれに似た動きを感じた。
「…ったりめぇだ!」
狙撃の張本人、ヘブルチが不服そうに言葉を吐く。
「俺を誰だと思ってやがる…空賊王ヘブルチ様だぜ?
職業柄、武器のことは知り尽くしてんのよ!」
ジャイロ愛用の“スティールガン”へ値踏みするような視線を送った。
「コイツは大戦で使われたプレミア物でな、ひたすら盗みに特化した変わり種さ。
……俺にとっちゃ、是が非でも欲しい代物でもある。
つまり、弾込めても並の銃より殺傷力は劣るんだ。
分かってて撃ったに決まってんだろ?」
それからブロッケンの額を軽く叩く。
「あっ、ちょ…!」
「あとよぉ、こんな装甲持ってりゃどこ撃たれようとほぼくだばんねぇぞ!」
マルの制止も構わず言い切った。
並ならぬ“自信”で一ノ国の少年・ロックを救っただけのことはある。
「うん、空賊王殿が仰る通りだ。
心がちゃんと体内に収まってるからね」
会話の隙にか、黙々と心を診ていたナシウス。
その言葉は周囲に疑問を与える。
「体内に収まっとる…っちゅーんはどないなわけじゃ」
シズクがすぐさま声に出す。
「生物の心ってのは、普通体内に収まってるものなんだ。
心そのものが抜け出た身体なんて…それこそ抜け殻、ただの有機物。
ヌケガラビトでも、外郭だけはしっかり収まってるよ」
「お、おう…何か宗教臭い話やなぁ……」
「つまり、心が身体に収まってれば生きてる証拠なんだね?」
「そういうこと」
ナシウスの説明は、どこか宗教的で哲学的な響きを持っていた。
彼としては、率直に事実を説いているのだろうが。
故に伝わらない部分もあるが、言いたいことはオリバー達にも理解できた。
「他にも朗報があってね…最後の一発がこの子の自我を引き出したらしい」
驚いたことに、とどめがブロッケンを救うきっかけも担っていた。
「んなっ!?何や、撃たれたことでもあるんかコイツ…!?」
「単に馴染みの品での攻撃だからだよ………きっと」
ジャイロも己のイマージェンを撃ったりはするまい。
それは確実だが、きっかけがきっかけだけに妙な勘繰りをしてしまう。
「当然だけど、この子達の感性は僕らと違うね。
さ、心も身体も早く癒すとしよう」
「……うおおっっ!?」
「うおおおっ!?」
驚いたようなブロッケンの一声。
と、それに驚くシズクの悲鳴。
同時に凄まじい速度で上半身を起こしたため、全員の肩が跳ね上がる。
「ビビったああぁ……お前ら心臓にわりぃねん!自重せぇっ!」
「オリバー坊にマル嬢ちゃん…それと鼻提灯の旦那?
な、何スかこれ…オイラは一体……兄貴、兄貴は!?」
呆然と周りを見回すブロッケン。
ジャイロのイマージェンなせいか、種族の割に貧弱な姿をしていた。
見慣れた仲間達の他に、いつぞやの大男と様子の変なジャボーが瞳に映る。
その直後、彼の二つ目は最大限に開かれた。
「わあああっ!!何でアンタらが此処に!
特にどーしたんスかクロスケの旦那ぁ!
気持ち悪いぐらい若々しいっスよおぉ!?
これじゃまるっきり別人じゃねぇスかあぁ!!」
「相変わらず失礼なやっちゃな!
まるっきりも何もコイツはジャボーちゃうで、一応!」
早口で騒ぎ立てるブロッケンに、負けじとシズクも言い返す。
言い返したのは良いが……。
「いやぁ~、ちょっと見ねぇ内にこんな風に!」
ナシウスをジャボーと思い込み、一人で感激している。
「あの…違うんだよ、僕の名前はナ――――」
「時間ってヤツはおっかねぇなぁ~!」
本人の言葉すら耳に入らないようで、ナシウスも口を噤む。
「…ところで兄貴は?あ、兄貴は変な女に捕まってどうなったんだぁ!?
ま、まさか……兄貴…兄…兄貴いいいぃぃぃぃぃぃっ!!うおおおおおおん!」
とうとう滝のように涙を流した。
「そういえば、ジャイロは見つかったのかな?」
周囲も、オリバーと同様の疑問を持つ。
彼らが戦闘に集中する間、ヘブルチの部下達とボーグ兵達がジャイロの捜索にあたった。
とは言え、捜す場所と言えばもう祭壇の地下室しかない。
そこに居るならとっくに発見された筈だ。
「…あそこに行ってみようよ」
マルの一声で、一行は祭壇へ足を運ぶ。
勿論、取り乱したブロッケンも何とか連れて。
「お頭!それと御一行様!ご無事で何よりでっせ」
「何とあの化け物まで……やはり、陛下が認められた子達だな」
石造りの地下室へ響く、冷たい足音。
盗賊とボーグ兵達が一斉に振り向き、オリバー達を歓迎した。
「ガハハハッ!俺の銃さばきにコイツらの魔法、それこそ鬼に金棒だからなぁ!」
狭い地下室へ、豪快な笑い声が響き渡る。
狭さゆえ大した音響はないものの、ごく小さな物音さえ目立ちそうだ。
「……で、そこに入ってんのは同族に違いねぇか?」
棺に収まったジャイロを見るや、一変して威厳を見せるヘブルチ。
彼の姿を見ても、安易に近付いたりはしない。
数多の罠や仕掛けに触れ、自然に慎重派となったのだろうか。
「ええ、この無精髭…天パ…悪人面…間違いなくあの詐欺師ですぜ」
そう言い、盗賊の一人がジャイロの首に触れてみせる。
「息の根も止まっちゃいねぇ」
「良かった…」
一安心のオリバー一行。
しかし、ただ一人乱心する者が居た。
「そんな、兄貴……なんで…こんなことに…。
…まさかお前らか!?お前らが兄貴をこんな目にいいぃぃっ!!!?」
「オイオイ、随分なことを言うな。
我々が眠る彼をはっけ――――」
苦笑する兵士。
その説明すら今のブロッケンには通じない。
「絶対、ぜっっったいに許ざあああああんっ!!」
突如、盗賊とボーグ兵に襲いかかったのだ。
貧弱な外見でありながら、腕力は種族の特性で怪力。
なので、彼の体術を食らえばひとたまりもない。
「ええかげん落ち着けっ!!」
風船が破裂するような音が木霊した。
一瞬のことだが…シズクが懐から愛用のハリセンを取り出し、ブロッケンの頭頂部を全力でぶっ叩いたのだ。
正直戦闘用で使える気もするが、彼曰く“突っ込みと暴力は全く違う”らしい。
戦闘に使わない理由でもあるという。
「あ……しまった…オイラ、とんだご迷惑を!
サーセンッ!!ホントにサーセェン!」
見事、ブロッケンを正気に戻した。
それに乗じて、ナシウスが彼の肩に手を置き諭す。
「事情はあとでゆっくり説明する。
まずは君の主を助けてから……」
「た、助けてくれるんスか?
どうか…どーかオナシャス!!」
「ああ、必ずな」
「うぅ………。………!?」
ジャイロの視界へまず映ったのは、自分を見下ろす多数の顔。
思わず飛び起きると、自分が冷たい箱に入っているが分かった。
「ジャイロ…良かった」
微笑むオリバーを、彼は呆然と見つめる。
「…オリバー?オッサンとマルも……その他大勢いやがる…」
それから周囲を見回すが、混乱は深まるばかり。
「何がどうなってんだ!?
ルーフの奴はどこ行った……ブロッケンは?
それにアイツは――――」
「あああにいいきいいいいいいいぃぃぃぃぃっ!!」
「うっ!?」
感極まったブロッケンが飛び付くと、その頭が棺の縁へ激突。
「すっけー心配してたんスよおおぉ!?」
「うぅう……」
更に、号泣する彼が容赦なく主の肩を揺らす。
「変な女に変な首輪付けられて、こんなトコに連行されてっ!」
「おい…て、てめ……」
頭蓋に衝撃を受けたこともあり、ジャイロの意識が朦朧としてきた。
「兄貴が死んじまったかもってえええぇぇぇ!!」
「………」
「…兄貴?あ、兄貴!あああにいいいきいいい!!」
ブロッケンが我に帰る頃には、また気絶してしまった。
「お、おい!?」
「大丈夫、今度は頭の治療をすれば良いだけさ」
慌てふためく周囲の者を諭すナシウス。
「また失礼するよ」
患部を見つけるべく、ジャイロの頭をボールよろしく掌で転がした。
「うん、少し出血してるけど大丈夫。
頭に限ってはその方が安心できる」
回復魔法の淡い光で患部を覆うと、ものの数秒で完治する。
「……ツツッ、いってぇ…」
ジャイロが目覚めたのも、その少し後であった。
彼とブロッケンには、兎にも角にも事情の説明が必要だ。
一連の流れを丁寧に聞かせていると、ジャイロの眉間に皺が生まれ、明らかに深く刻まれていく。
「…消去法で、大氷河穴にアイツがいるかもしんねぇてことか」
いつもの飄々とした態度も一変。
触れたら噛みつかれそうな威圧感を部屋に充満させた。
「こうして俺が動けんのも、この場にいる全員のお陰だ…感謝するぜ。
皇帝陛下の居場所も分かってひと安心した。
……それで、ルーフは今どこにいんだろうな」
声色からもそれが染み出す。
「…僕達が知ってるのは、ジャボーが足止めしてくれたことだけだよ。
でも、こんなに時間が経ってればきっと……」
一瞬真顔を見せると、落ち着いた口調でオリバーは答えた。
というのも、ジャイロの瞳が燃え盛る憎悪を映しているためである。
「くそっ、ジャボーまで…!
こうなりゃアイツもルーフもぜってぇ見つける!
一発でもいい、奴を撃たなきゃ気が済まねぇんだよっ!!」
ひどく興奮してがなる彼。
剥き出しの感情で表すルーフへの憎悪…それだけでない、自分に対しても同じ感情を抱いているようだった。
「ジャイロ…」
ジャイロを見るオリバーの眼は、憂いや慈悲を帯びている。
青い瞳は、さながら穏やかに揺れる大海のようであった。
「はぁ……」
不満げな顔で溜め息を漏らすマル。
ふとシズクに目が行き、同時に何か思い立ったらしい。
「シズク、ちょっとそれ貸してくれる?」
シズクに合わせ、中腰で囁きながら指差したのはハリセンだ。
「…俺の大っ事な商売道具やで?
くれぐれも乱暴に扱わんといてな?」
できれば貸したくないのが本音、しかし譲歩するシズク。
彼は上目遣いでマルに懇願した。
「つまりオッケーってことでしょ?ありがとう!」
「お前話聞いとらんかったろ!?」
言った側から乱暴に取りあげられ、内心憤慨するも抑える。
彼女なりに考えあっての行動であり、それを尊重してみようと考えたからだ。
「今日ほど自分を恨んだ日はねぇ!
ヘッ…何が“守る”だ、“支える”だ」
「兄貴…そんな……」
ここまで真意を暴露するジャイロは珍しい。
それほど余裕のない精神状態なのか。
今の彼には、ブロッケンの曇る顔さえ見えないようだった。
「俺にも魔力があればっ!こんなこと――――」
言葉を遮るような破裂音が響き、彼の脳天に衝撃が走る。
目をかっぴらき背後を振り返ると、しかめっ面のマルがハリセンを手にしていた。
破裂音と思われたものは、ハリセンがジャイロの頭を叩く音である。
「な…何しやがる!」
痛みはさほど無いが、苛立ちが半端ではない。
「ごめん…言いたい放題なジャイロ見たらつい、ね」
「はぁ!?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるマル。
対比するようにジャイロは怪訝な顔をした。
「何よ、魔力が無きゃ弟一人助けられないの?
はぁ~…なっさけない!」
「っ……!!テメェに何が分かる…!」
案の定、ジャイロの顰蹙を買う。
しかし、それを見た彼女の顔は憂いを帯びていた。
「…此処にいるヘブルチさん、ボーグの兵隊さん、盗賊の人達にも魔力なんか無い。
それなのに…命懸けでジャイロを探してくれたよ?」
ジャイロから憤怒の色が消えていく。
「私にだって無いけど、そんなの関係ない。
全力で、出来ることをしたからジャイロを助けられたの。
なのに、今のジャイロったらこんな所で喚いてばっか……本当、情けない…」
ついに、彼女へ反発することもなかった。
「気持ちは分かるけど、これじゃ駄目だよ。
そんな感情ばっかり持ったら、誰かを傷付けるだけ。
それこそ誰かを助けるなんて出来なくなる…」
「そ、そうッスよ兄貴!」
遠慮がちにブロッケンも声を上げる。
「前は駄目だったけど、オイラ達にはまだ次があるんス!
オイラもお供しますから、自分をそんな責めないで欲しいッス…」
「ブロッケン……」
彼の顔を見ると、不意に頭を撫でた。
「…悪かったな。確かに情けねぇ姿見せちまった」
ジャイロの顔にも笑みが浮かぶ。
「フフ、小娘にお説教されて腹立った?」
様子を見て安心したか、マルも笑顔で問う。
「ああ、かなりムカついた。
が……その、なんだ…感謝するぜ」
答える彼は、少し照れ臭そうに頭を掻いた。
目的やルーフへ抱く感情は変わらない。
しかし、心境は少し変化を起こす。
少なくとも、先程まで狭まっていた視野はぐっと広がった。
「あーあ、結局乱暴に使いよって…ま、今回だけは許したる」
シズク含め、周囲の表情も自然と穏やかになった。
それだけ、今までの威圧感が凄まじかったとも言える。
「ところで同族よ、おめぇ2回も頭打ってよく平気だなぁ…」
何故だか感心するヘブルチ。
ジャイロも、何故か誇らしげに自分の頭を指差す。
「フフフッ…俺のココはぎっしり詰まってんのさ。
だからこんくらいの衝撃じゃビクとも……」
笑顔のまま倒れる彼。
周囲がざわめき、オリバー達も慌てふためいた。
「わああっ!?ジャイロ、ジャイロ!!
私こんなつもりじゃ…手加減したのに!」
「オイラだってこんなつもりじゃなかったんスよおお!?
うわあああごべんなざいいい!ああああにいいいきいいいいいいいっっ!!」
「二人とも落ち着いて!ほら、脈もあるから!」
「せやせや!オリバー、はよ起こしたれっ!」
オリバー、マル、シズク、そしてブロッケンの様子を呆然と見るナシウス。
そんなこんなでジャイロも起き上がり、彼もほっとして呟いた。
「…とんでもない御一行と戦ってたね、“僕ら”は」
互いに間違いを正し、助け合う仲間達。
文句では頻繁に聞き、理想の関係ともされるが、実際見るのは彼らが初めてかもしれない。
何に対してか不明だが、一つの答えを突き付けられた気がした。
(後日挿し絵追加<(_ _*)>)
~END~